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特撮

特撮系展覧会巡り・その(2) 8/27「ウルトラマンフェスティバル」と9/30「大伴昌司の大図解展」

特撮系展覧会巡り・その(2) 8/27「ウルトラマンフェスティバル」と9/30「大伴昌司の大図解展」

もう10月も下旬だけど、いそいで書いちゃおう。

■8/27 ウルトラマンフェスティバル2012(池袋サンシャインシティ)

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実はウルフェスはほとんど行っていない。2006年(40周年)、98年(ティガ&ダイナ)、95年(ネオス&21)が記憶にあるくらい。

そんな訳で通常ならスルーだったんだが、今年は招待券をもらったので娘連れて行って来た。今年はセブン45周年という事で全エピソードを何かしらの形で展示するというもの。ジオラマだったり人形だったりトリビアだったり、と様々。中には初めて知ったマニアックなネタもあって意外に楽しめた。

おそらく特撮系アトラクは初めてだったうちの娘。席が一番後だったのでイマイチ理解できていなかったようだが、それでも声援は送っていたな。巨大なタイラントの着ぐるみはちょっと驚いた。

最初のウルフェスは1989年。ラルゲユウスの足とかペギラの回の雪上車とかナメゴン目とか、そうとうレアなものが飾っていたらしい。当初はマニア層がターゲットだった様だが、ティガ以降コンスタントに新作が作られるにつれて現役のお客さん(すなわち子供たち)へターゲットがシフトしていく。それにつれて展示もレアなものが無くなってくるのだけど、2006年の時は凄かった。第1期ウルトラの頃の出版物やおもちゃ、広告やポスターを大量展示。これだけは行ってよかった。

当日の写真について。一番左は、ペガッサの回でアンヌの部屋に置いてあった人形(レプリカ?)。その右は「盗まれたウルトラアイ」のゴーゴー喫茶でバンドが弾いていたギターと同じモデル。なんとあのバンドはザ・ワンダーズらしい。その他、怪獣ボールやダン隊長の杖などもありセブンづくしの一日でした。私はコンビニで瞬殺だったウルトラマン対決セットのアボラスが手に入って満足。娘はトイざらすで存分に遊べて満足。

■9/30「大伴昌司の大図解展」(弥生美術館)

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多くの人が特撮博物館とセットで訪れたのがこちら。街中のいかにも個人が設営した美術館というたたずまいは悪くない。

実はこの少し前に「大伴昌司『大図解』画報」という単行本が出ていて、この展覧会はこの本とのタイアップだった。そうとは知らずとっくに購入して読んでしまっていたので、大半の展示物は見てしまっていた。できれば実物を先に見たかったなあ。

とにかく私の幼年期から少年期にかけての精神形成に大きく影響を与えたのが少年マガジンである事は、あちこちで話している。その少年マガジンを舞台に、縦横無尽にグラビア文化を発展させていったのが大伴氏である。父が最初に買ってきてくれたマガジンは、ウルトラマンの初特集の忘れもしない1966年7月10日号(27号)だ。今でも大伴と言えば真っ先に出てくる赤黒ページのウルトラマン、及びバルタンとネロンガの内部図解。あれが載っていた号である。それからもうすぐ始まるウルトラマンの放映日を胸をパンパンにして待ちわびるのである。たしか表紙はウルトラマンではなかったな。(最初のプレビューである有名なマン&バルタン・ネロンガの表紙は同年20号。実質2カ月も前にお披露目されていた訳だが、私はその号は知らなかった。)

それから数えきれないほどの役に立たない知識を、マガジンのグラビアから学んだ。今ではサブカルチャーの祖という扱いの大伴氏だが、自分のサブカルチャー指向のルーツはきっと大伴氏なんだろう。

さらに時代が下って70年代に入った頃、少年の夢と悪趣味をかきたててきたマガジンは突如としてアダルトでシュールな誌面へとシフトする。これにはまだ小学生だった私は少々面食らった。横尾忠則らがスタッフに入ってきてアート色を強くするわけだが、ここにも大伴氏は一枚噛んでいたのだ。フォークソングとか深夜放送とか、私たちは首をかしげながらもその独特の匂いをマガジンのグラビアから嗅ぎとっていった。

そんな事を思い出しながら生原稿や当時の誌面などを見ていく。今回はまた南村喬之、石原豪人、柳柊二らの素晴らしい原画も堪能できる。皆さん単独で展示をやってもらいたいくらいのビッグネームばかり。特に今回目を引いたのは水氣隆義氏。近年ガイガンをデザインしたという事実が判明したお方だが、開田裕治氏に繋がる写実系の緻密な筆致には舌を巻いた。全然関係ないけど、ガイガンは長い間水木しげるのおんもらきがモデルというのが定説だった。水木氏もまた点描を駆使した細かな筆致の写実的な背景が特徴となっている。おんもらきの件は完全な誤報だったが、何となく共通点があるのがおもしろい。

それから併設の竹久夢二美術館も見ていく。実は私、以前町田に住んでいた頃近所にあった国際版画美術館でも夢二展を見ているのだ。音楽やる身としては、セノオ楽譜に大変興味がある。

およそ2時間弱の滞在で美術館を後にする。この街は東大のキャンパスもあり、最寄駅である根津駅までには剥製屋や西洋ドール店など変わったお店が多く、歩いてて楽しい事この上ない。東京現代美術館のあった清澄白河もそうだが、美術館のある街は散策すると楽しい趣のある街である場合が多い。

また行きたいな、展覧会。

特撮系展覧会巡り・その(1) 9/22「特撮博物館」

この夏~秋にかけて話題をさらった特撮系展覧会3件。閉会間際にやっと行く事ができた。
さらっと感想を・・・と思ったら、特博だけで長くなってしまった。

■9/22 特撮博物館(MO+東京都現代美術館)

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よくぞこんな贅沢な企画を我ら特ヲタのために、と思っていたら連日大盛況の大賑わい。閉会間際のこの時期で25万人を突破する勢いらしい。当然特ヲタ以外の人も老若男女問わず多数詰めかけている。一体何が起きていたのか。

それはまあおいといて、かなり開催期間が押してからの訪問となった。せっかくなので一人でも多くの同行者をと思い、いつもの特撮仲間と調整を取っていたんだけどなかなか折り合わなかったため。結局この日は佐七氏と一緒にいった。いや例え1名だけであっても、同行者がいてくれたのは幸運だった。何故なら一人で行って「ひゃー」とか「ひょー」とか「うおー」とか叫んでたら、かなり恥ずかしい(笑)。

最初のコーナー「人造 原点I」(と明朝体で例の調子で書いてある。ちょっと嫌)には東宝作品を中心に、ロケット・戦車・潜水艦などの空想科学超兵器が一堂に。新・旧轟天やムーンライトSY3、メーサーなどのメジャーどころに混じって、ポーラーボーラやブースカの大作号などという斜め上なセレクトがうれしい。

ここでの目玉はまずメカゴジラ2全身スーツ。よくぞ、残っていてくれたと思う。映画公開が1974年だから、およそ40年間の時を経ての邂逅なのだ。よく見ると頭部と首から下の色合いが違う。ボディ部のスーツはゴジラに首をもがれ電子頭脳が露出した形態になったシーンで使われたもので、前作用スーツのうちの1体の改造らしい。もとからヘッドのないスーツだった訳だ。これに前作用の頭部を接合したのがこの展示品との事(宇宙船宇宙船Vol.137 の記事から)。それでも本物には変わりない。この場所を離れたくなかった、その1。

そしてマグマ大使のロケット!こんなものが残っていたとは。状態も美しくしんちゅう製かと思いきや木製でびっくり。劇中ではリアルに火を吹いていたので、よもやと思ってロケット噴出口を覗いてみたらやはりこげていた。ここだけですでに1時間以上経過していた。

次の間に入った途端、眼前にドーンとマイティジャック号が現れる。音声ガイドからはテーマソングとともに「マイティジャックとは、近代科学の粋を凝らして建造された~」のナレーションが!ここで涙腺が崩壊しそうになる。間違いなく前半のハイライト。3メートル近くある大型モデルで実に美しいが、やはりかなりの部分を修復したらしい。そりゃそうだろうに。この場所を離れたくなかった・その2。

正直言うと子供の頃、「MJ」はお話がハイブロウすぎて放送はあまり見ていなかった。当時は小学館学習雑誌の記事やマンガ、ソノシート、プラモデルがあり、私のMJ体験はこの3点で完結した(それはサンダーバード等も同様)。それも大切な原体験だ。

壁面には成田亨氏の描いたオリジナルイラストが数点。これらは80年代初頭ソノラマの画集やエモーションのビデオパッケージ用に描きおこされたもので、今となっては実に貴重。ウルトラや開田裕治氏のもの以外の素材は滅多に目にする機会がないので、これはうれしかった。

次の間が「超人 原点II」。ウルトラやテレビ特撮物を中心とした展示。ウルトラマンのマスクなどは、ウルフェスや六本木アークヒルズでの「天空のウルトラマン展」などで見る機会が多かった。歴代防衛軍のメカなどは円谷プロの怪獣倉庫を見学にいった際にまとめて見たが、間近で見るのはやはり格別。特に目を引いたのがタロウのZATメカ関係。テレビで見ると奇抜この上ない無いが、ホエールやコンドルなど現物を見るとスカイブルーを基調とするカラーリングが実に美しい。80のスカイハイヤーもあったが、バンダイ・ポピー系デザインが独特のラインを刻んでいる事がよくわかる。今回東映系の展示がないのでバンダイ系デザインのミニチュアは少なく、それゆえに違いが際立つ。

ここでの白眉は、スターウルフの「バッカス三世号」。すでにスターウォーズ影響下にある事は、メカむきだしのディティールなどからあきらか。それでも、流線形の美しさとはまた違う機能美にあふれた魅力的なデザイン。当時は松本零二に転んでいたので裏番組の「スタージンガー」を選んでしまい、涙を飲んで見送り。ずっと後になってLDで全話見て、そのおもしろさを堪能した。デザイナーの山口修氏の仕事はもっと評価されてもいいと思う。

次の間にはスペクトルマン、サンダーマスク、シルバー仮面、アイアンキングなどなどなど70年代超人たちのヘッドがずらり。どさくさに混ぎれてロックバットまで。半分くらいは複製であるらしく、シルバー仮面に至っては顔出し部分まで造型されててこれはやりすぎでしょう。ところでレッドマンの音声ガイドでは「”罪のない”怪獣を突存襲う赤い通り魔と呼ばれている」とネット上で近年生まれたネタをそのまま解説していたけど、それはちょっと可哀そう。知らない人が聞いたら鵜呑みにするかもしれないので、ここに訂正しておく。あの人はれっきとした正義のヒーローです。ナイフでとどめを刺すので残虐に見えるが、あれは予算の都合で光学合成が使えなかったから。

次が「力」と題されたミニチュア群の展示。まずは「ガメラ3」の今は無き東急文化会館が圧倒的。私が上京して初めて映画見たのはここだった。1984年4月「ウルトラマンZOFFY」を見に行った時の事。すごく並んでいて「えっ!そんなに人気あるの?」と思ったら、それは「ナウシカ」の方の列だった・・・。これ、渋谷区の区役所にでも寄付すればいいのにね。

「巨神兵」上映で一段落。これ以降、前の展示に戻れなくなると言うので今一度人ごみ書き分けMJ号の勇姿を目に焼き付けに行った。

地下には「特撮美術倉庫」。実際の倉庫を模した展示室に、ごちゃまんといろんなものが置いてある。これが楽しかった。久しぶりに見たサイボット・ゴジラは頭部骨格だけになっていた。これは当時の製作過程のスチールでよく見かけた姿。まだ全身が残っていた頃のサイボットを新宿の東口広場で見たっけ。私はミリタリー系は強くないので戦車とか軍用機はそこそこだったけど、ローレライの巨大潜水艦は圧巻だった。

次の間が「技」と題して近年亡くなられた井上康幸氏や大澤哲三氏の仕事を中心に、著名な特撮マンにスポットをあてたコーナー。小林知己氏の工房を模した展示は楽しかった。おなつかしデストロイア戦のゴジラスーツ。映画では始終バーニング状態だったので、ノーマルな状態での対面は今回初めて。そしてそのうらに楽しそうなもんがいっぱい。原始モスラに、ネッシー検討モデルに、ゴッドマンマスクに、FW版マンダ頭部etc 。画期あふれる東宝の平成ジュラ期がついこの間まで続いていた事を今更ながら思い出す。この間で2時間以上経過。

以降は、よく報道されているミニチュアビル街体験ゾーン。ここでひとしきりはしゃいで物販のぞいて終了。10時半頃入場したが、会場を出たのは3時半頃。まともに見ると5時間かかるというのはうそじゃなかった。

この時期でかなりの混雑だったが、終了間際の頃は2~3時待ちがざらだったらしい。一体どうしてこんなに多くの人が押し寄せる結果になったのか。ジブリ・エヴァという日本のアニメ界の2大ブランドの力のせいもあろう。意外に私と同年代の中高年の女性も多かった。それまでは全く興味もなかったであろうが、今はノスタルジックな対象のひとつとして許容されているのかもしれない。若い世代やカップルが多い事も意外だった。アニメーションはじめオタク文化が若者たちにクールなものとしてとらえられて久しいが、特撮もそのカテゴリに入れられているのかもしれない。特撮系の展示をカップルで見にいくなんて、少し前までほんとあり得ない事だったし。

見せ方に最大限の努力を払っている事はよくわかった。一歩間違えばマニアの飲みネタにしかならないようなものを、芸術品・工芸品である事を前面に押し出し極力スタイリッシュに演出。主催者側にも著名な業界人をずらりと揃える。そうして一般人のハードルを下げるだけ下げておいて、一方で舌の肥えたマニアにも(つまりは主催側と同じ人種)納得の行く料理を提供する。そうした両方向へのアピールが奇跡的に実現できていた。これが成功の大きな要因であろう。

あと、宇宙船誌上ではずっと前から原口智生氏が過去のミニチュアを修復し、その完成品写真を掲載するという連載をやっていて、それで見かけたものも一部展示されていた。この人のこうした地道な努力も今回の企画には大きく貢献していたのだと思う。

最後にずっと気になっていたDVD-BOX「円谷特殊技術研究所」の内容が判明したので、資料的に載せておきます。私が行った時にはすでに完売でしたが、入手した知人からの情報です。

Vol.1
Q #19「2020年の挑戦」
マン #18「遊星から来た兄弟」
セブン #43「第四惑星の悪夢」
帰マン #31「悪魔と天使の間に・・・」
A #14「銀河に散った5つの星」
タロウ #33「ウルトラの星大爆発5秒前!」
レオ #3「涙よ さよなら・・・」
80 #44「激ファイト!80vsウルトラセブン」
ミラーマン #44「魔の救出大作戦」
ジャンボーグA #30「J-A J-9を処刑せよ!」
ファイヤーマン #12「地球はロボットの墓場」
怪奇大作戦 #4「恐怖の電話」
マイティジャック・メカグラフィティ
戦え!マイティジャック #12「マイティ号を取り返せ!!(前編)」

Vol.2
マン #34「空の贈り物」
セブン #26「超兵器R1号」
タロウ #34「ウルトラ6兄弟最後の日!!」
怪奇大作戦 #16「かまいたち」
ほかに「ウルトラファイト」傑作選

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連休前10/6、閉館時間が19時半になったと聞き仕事の帰りに会場まで寄ってみた。時刻にして18時過ぎ、昼間は大混雑だったらしいが、チケ購入も入場も列はなくその時なら何なく回れた感じだった。猛烈に後ろ髪引かれたが、心の中でお礼を言って帰ってきた。今でもその時見送った事がちょっぴり後悔。

特撮博物館は本日で終わり。ようやく夏が、それも子供の頃の夏休みのような夏が終わる。

そんな気分。

野口竜さんのこと

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年明け早々、特撮系デザイナー・イラストレーターの野口竜さんの訃報が流れた。レッドバロン・カゲスターや初期戦隊シリーズ・宇宙刑事シリーズなどのモンスターデザインや劇中イラストで知られる方である。

実は一時期、個人的に親しくさせていただいた事があった。30代になって初台に越したばかりの頃、自分のピアノの師匠である故・針生正男氏に紹介いただいたのだ。師匠は職業作曲家でもあり、何かの仕事で野口さんとご一緒し以来意気投合したのだそうだ。

もう一人、S氏という演出家と3人いつも一緒で、私もまだ独り身で身軽だった故、夜となく昼となくお茶などに付き合わせていただいた。当時S氏の住まいが私のマンションと甲州街道をはさんで反対側にあり、そこによく遊びに来ていた師匠に呼び出されたものである。師匠は若いエレクトーンの先生なんか連れててね(笑)。

新宿にあった野口さんのマンションにも、たびたびお邪魔した。まだ放映前の番組の企画書や、劇中イラストの本物などを見せていただいた。特に魔空空間などの背景で使われた幻想的なイラストなどは、実際そんなに大きなサイズのものではなかったけど、美しい仕上がりでため息が出るほどだった。

この時期は戦隊で言えばジェットマンからジュウレンジャーあたり、メタルヒーローで言えばブルースワットを手がけていたあたり。まさにテレビで見ている現在進行形の仕事を目の当りに見せていただけた贅沢な時間だった。なので、都合3年間くらいは押しかけていた事になる。ちょうど東映特撮デザインをメインで勤めていた最後の時期なので非常に多忙であり、師匠と遊びに行く計画を一応はたてるのだけど、仕事の都合で当日にならないと訪問が可能かどうかはわからないという条件付きだった。しかしドタキャンになった記憶は一度もなく、多忙でありながらも時間を作って約束を守ってくれたのであろうと、今にして思う。

実にやさしいお人柄で、一度も怒った様子を見た事がなかった。業界のことなど何ひとつ知らない私のいっぱしの論説を否定する事もなく聞いてくれたり、お部屋にある献本などを惜しげもなくださったり、当時の私は実に傍若無人なダメヲタクだったが(笑)イヤな顔ひとつせず丁寧に応対してくださった。

その後師匠は1997年に突然他界し、あろう事か時期を同じくしてS氏も他界してしまう。野口さんには師匠の告別式や、弟子たちによる師匠の追悼コンサートにも来ていただいたのだが、以来疎遠になってしまい、今日まで過ぎてしまった。近年はイベントなどで名前を見かける事が多く、久しぶりにお会いしにいこうかと考えていた矢先の訃報だった。

そして本日お通夜に参列する事ができた。先週ふと思い立って出席した新年会の場で、本日の情報を得る事が出来たのだ。その場に行かなかったら参列できなかったわけだから、何とも巡り合わせである。

手を合わせながら、3人のおじさんたちに弄られながらも可愛がられた日々を思い出していた。ちょうど私も独立して、都心に住み始めたばかりの頃で、若かったしやりたい事いっぱいやって毎日が楽しくてしかたなかった。そんな日々に、いろんな話を聞いてくれて時には叱咤激励もしてくれた人生の先輩たち。私はもうちょっとで、当時のその人たちの年齢に手が届く。実は3人とも独身であった。正直その頃はそのことが少々気になりもしたが、そんな私も今は所帯持ち。

野口さん、あの時はほんとうにありがとうございました。今頃はあの世で針生師匠やらと久しぶりに会って、あの頃のように3人でお茶してたりするんでしょうね。今思い出した、そう言えば3人とも下戸でしたね(笑)。毎年戦隊VSシリーズだけは劇場いかずDVDで見るのが常でしたが、今年は劇場に行く予定です。当時のような劇中イラストの新作を書きおこされたとの事で楽しみにしています。ご冥福を祈ります。

<2012/1/13追記>
うちにある縁の品などの画像を追加しました。

一番左は針生師匠の追悼コンサートの打ち上げの席で、手持ちの五線紙に書いていただいたイラスト。ムーミンが書かれてるのは若かりし頃テレビマガジンで連載を持っていたから。真ん中のオバQは、スタジオゼロ所属時代に描いていたから。ある人いわく、「正真正銘の初期のオバQ。全然かわいくない。」まさに。そう言えばこの頃のオバQは毛も3本以上ある。

真ん中は、針生師匠とS氏が晩年に行ったマレー旅行の記録。この表紙イラストと編集作業が野口さんの手による。ほんとに3人仲良かったんだなあ。

一番右はキングのSF特撮TV音楽大全集12のレコジャケとポスターにいただいたサイン。このレッドバロン、よりによって腕もげ状態ってどうよ。

円谷怪獣倉庫を見学(1/12)

円谷怪獣倉庫を見学(1/12)

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新年初日記なので、遅いけど一応ご挨拶。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

さて、昨日(1/12)そぼ降る雨の中を祖師ヶ谷大蔵の円谷プロダクション旧本社オフィスに特撮仲間と行ってきた。目的は「怪獣倉庫」見学。円谷プロのファンクラブの企画に当選したのだ。

円谷プロに怪獣倉庫が存在するという事は、それこそウルトラマンを本放映で見ていた頃にはもう常識のように知っていた。おそらく少年マガジンか何かの雑誌からの情報だったのだろう。その後、何度か映像にも登場したり雑誌で特集されたりするのだが、いつしか憧れの聖地になっていったのは言うまでも無い。そんな聖地にとうとう足を踏み入れる事が出来た。

敷地はもう半分になっているらしく、最後に残った2棟のうちの1つの2階分部が全部倉庫。そこは想像していたような汗とラテックスとシンナーの匂いに満ちた作業場然とした空間・・・などではなくきれいに整備された展示空間と化していた。(ちなみに現在使用されている怪獣倉庫は八幡山にあるという)

入り口にはウルトラマン数名がお出迎え(パワード・セブン21・ティガ・ガイア・80・ゼアス)。ガラスケースにはヘルメットや武器などの小道具、そして当時から残っているチビラくんファミリーのヘッドがずらり。貴重過ぎる。

圧巻なのは壁一面をガラスケースにしてずらりと並べたメカのミニチュア群。その数100機はあったろうか?古くはホーク1号・マットアローなどから最近のGUYSメカまで。体が震えた。

そしてメインの怪獣ども。基本的に最近作の怪獣やリメイク怪獣なのだけど、中にはかなり古いものもあった。以下は昭和時代のもので当時から残っていると思われるやつら。ほとんど残骸に等しいのもあるが、貴重である事には変わりない。

デビロン、ダイゴロウ(幼体)、モスゴジラ、ファイティングベム・ザビデン・アンドロメロス頭部

約30分くらいの見学を終えて、1階部分に通される。奥の映写室で10分ほどのフィルム上映。その映写室というのが由緒正しき円谷プロの試写室なのである。かつて円谷英二が怖い顔して仕上がりをチェックしたというあの試写室。そこでメイキングの歴史を中心とした編集フィルム。これは見た事がない。

満田かずほ監督も参加していて、LPレコード(キングのSF特撮TV音楽全集のミラーマンとマイティジャック)にサインしてもらったり一緒にビデオに映ったりした。円谷プロの社員のお姉さんとも談笑したりして、短い間だったが楽しく充実した一時だった。

その後はせっかく砧に来たのだからと、雨の中遠回りして東宝撮影所・日曜大工センター(旧大プール跡地)を回り成城学園前まで歩く。そしていつもの様に新宿で飲み倒す。

昨年は日経新聞にも広告が載ったように、円谷プロはTYOグループの参加となった。その新社長の発言があまりに経営寄りであったため物議を醸し出したりもした。それがそのまま新作及びこれからの円谷への危惧にもなっているが、我々がかくも長きに渡り愛してきたその理由を分かって欲しい。そんな願いを込めて祖師ヶ谷大蔵を後にした。

最後に怪獣倉庫を確認できる映像作品を網羅。

・ウルトラファイト「怪獣死体置場(モルグ)」・・・セブンの12話を編集した1話が欠番となったため、再放送時に取り足した1本。当時の怪獣倉庫内でゴモラとウーが格闘するだけの映像だが、帰りマン怪獣等の本物が映っているのが今となっては貴重。1971年の映像。

・私が愛したウルトラセブン・・・NHKで放映されたセブン製作当時の再現ドラマ。市川森一脚本。最近ハリウッド御用達となった田村英里子がアンヌを演じる。1993年の映像。

・シュシュトリアン「ウルトラマンに会いたい」・・・東映製作の番組にして舞台が円谷プロ本社という奇跡のような冗談のような1エピソード。黒部進が怪獣倉庫のおじさんとして登場。1993年の映像。

・ウルトラマンになりたかった男・・・武田鉄也扮する着ぐるみ役者が、CG化を無理矢理推し進めようとするハリウッド帰りのSFXマンに対し伝統のアナログ特撮を守ろうとするという昨今の円谷事情を予見したようなお話のテレビ特番。ほんの少しだけ映る打ち合わせシーンの場所が怪獣倉庫と思われる。1993年の映像。

・ウルトラの揺り籠・・・桜井浩子、庵野秀明、小中和哉、原口智生、樋口真嗣が怪獣倉庫で座談するコーナーあり。等しく「憧れの地」とのたまう。2003年の映像。

・ウルトラマンマックス#24「狙われなかった街」・・・実相寺昭雄監督作品にして正統なウルトラセブン「狙われた街」の続編。最近ではメジャーになって狂言回しなどに重宝がられているメトロンの復讐編なのだが、潜伏先が怪獣倉庫という現実とフィクションの境目が曖昧な1本。メトロン復活に際し実際の職人さんが針で縫うという実にアホな演出。2005年の映像。

<未確認情報>

・恐怖劇場アンバランス#13「蜘蛛の女」・・・円谷プロの怪獣倉庫で蜘蛛を育てていたという記述を発見。アンバランスは全話DVDで揃えたいのだが、未だ未入手。

他にも何かの特番で満田かずほ監督が怪獣倉庫の奥のエレベーターで地下基地に下りるという映像を見た記憶がある。他にもあったら情報よろしく。

写真は左が円谷プロ外観。右が祖師ヶ谷大蔵駅前のウルトラマン像。

天空のウルトラマン

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先日成田亨展に行ってきたばかりだが、またまた大型のウルトラ関係のイベントがあった。特撮仲間の忘年会もかねて、8日に行ってきた。いつものんびりしていて終了間際に行ったりするのだけれど、今回会場限定グッズを何としても入手したかったので少し出足を早くしたわけ。(売り切れになっている場合が多い)

ウルトラマン大博覧会 ROPPONGI天空大作戦

場所は六本木ヒルズの52階・森アーツセンターギャラリー。昨年の宇宙イベント以来の六本木、まだミッドタウンも行ってないなあ俺。ヒルズ最上階の広大な展示スペースに、史上最大規模の資料が展示されていた。今回は過去に展示されたものを集大成しさらに新しいネタを追加していて、見応えは充分。平日は夜8時までやってるけど、1時間ではとうてい見切れないのでじっくり時間をとっていく事をお勧めする。一番おもしろかったのは当時のニュースやCMの映像集。怪獣図鑑を物色する浩宮様(現在の皇太子)とか珍しい映像がてんこ盛り。

Q

さて物販はかなり充実。いやこんなに会場限定商品が揃ったのは初めてではないか。で今回の目玉「復刻ソノシートドラマ」。朝日ソノラマのQ・マン・セブンのソノシート音源をCDで復刻したもの。ネット上にも収録内容があまり公開されていないので、以下に書いておく。

1.恐怖の死闘!ナメゴン対ゴメス「ウルトラQ」より
2.10大怪獣のなき声「ウルトラマン」3大怪獣対決 より
3.恐怖の怪獣島「ウルトラマン」3大怪獣対決 より
4.決戦!!ウルトラマン「大怪獣戦」30怪獣大あばれ! より
5.ウルトラマン 危機一発!「ウルトラマン 危機一発!」より
6.なぐりこみバルタン連合軍「怪獣大図鑑」より
7.怪獣オリンピック「怪獣解剖図鑑」より
8.恐怖の怪獣狩り「ウルトラセブン」より
9.大怪獣地球攻撃命令「怪獣ウルトラ大決闘」より
10.ウルトラセブン対宇宙怪獣連合軍「怪獣ウルトラ大決闘」より

大半が過去の復刻の機会に収録されている。以下その一覧。

「名盤復刻!朝日ソノラマ特撮テレビ・映画全集」1・2・3・4・8
「大復刻 怪獣大図鑑」6・7
「大復刻 怪獣ソノシートブック」2・3

従って今回初収録は5・9・10。ちなみにうちにはどちらもアナログ原盤があるので、私的に新ネタはなし。ちなみに値段は4500円。今の時代CD1枚にしてはかなり高額だが、昨今過去のタイトルを復刻する場合ドラマ音源が一番大変らしい。そういう事やイベント限定である事を考慮すれば仕方がないか。

あとパンフ・クリアファイル・絵葉書2枚を買う。も1回行こうかな。

宇宙はどんな音がする?

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 ウルトラセブンの話題の中でも、かなりの頻度で出てくるのが「宇宙音」。
宇宙は真空なので実際には何の音もしていない。
なので「宇宙音」という言葉自体矛盾しているのだけど、
聞いて納得本当にこんな音がしているように思えてくるから不思議。
パルスの様な音が、オクターブ上までゆっくりと上昇(ベンド)し、
その後ランダムに音を散りばめる。
基音を変えてこれを繰り返すのが基本パターン。
まさに「宇宙の音」としか表現しようのないのがこの音なのである。

 当初これをMナンバー付の劇伴だと思っていたのだけど、実は
これまでに発売されてきたどの音盤にも収録されていない。
どうも効果音として分類されているらしく、しかも数少ない効果音の
商品化の機会からも収録は漏れている。

 思うにどことなく現代音楽風(無調)の味わいがあるので、
やはり冬木透氏の手が染まっている気がする。
だから効果音というと少し違和感がある。
当初私は「ペガッサシティ」のバックに流れていたと思っていたのだけど、あれは全く別の劇伴(M11)。
ただし音の感触は近い。

 代表的な使用例は#07「宇宙囚人303」、#29「ひとりぼっちの地球人」、
#37「盗まれたウルトラアイ」など。何故か地味なエピソードばかり(笑)。
特に#37はプレネタリウムでの使用という珍しい例。

 ところでマンでも「怪獣墓場」や「科特隊宇宙へ」で流れたとかという情報があるが、
あちらは東宝からの流用でかなりテイストを異にする。
しかしながら、同じ東宝でも「キングコング対ゴジラ」の冒頭の地球儀のシーンで
流れる宇宙音にかすかにその源流を感じる事ができる。謎は尽きない。

 ところで写真の人はいつからヴィラ星人になったのか。俺の子供の頃は「ビラ星人」
だったのに。「ビラをまく」のビラが命名の由来だからと何かに書いてあった気がする。

怪獣と美術(三鷹市美術ギャラリー)

20071020
先週末から嫁とベビ子が風邪で体調を崩しており、今日も家賃更新したりお医者さん行ったり買出ししたりと家の事で忙しかったわけだが、夕方少し時間が空いたのでかねてから行きたかったタイトルの展覧会に行ってきた。場所は三鷹の「三鷹市美術ギャラリー」という現代アートを定期的に展示するスペース。過去には谷岡ヤスジ氏の展示も行っていたりと、割と柔軟な姿勢でいろんなものを取り上げているようだ。同じような展示では過去に六本木のストライプハウスギャラリーで「高山良策展」、岡本太郎美術館の「ゴジラ展」などに行った事がある。今回はQ・マン・セブンのヒーロー・怪獣デザインで知られる成田亨氏の作品が中心であったが、実は過去にも成田氏の展覧会は行っている。

で、成田氏のデザイン画や彫刻作品のほかに、高山氏の造形物(ほんの少し)と本来画家でもある氏のシュールな絵画(これがかなりおどろおどろしていて怖い)、さらに池谷仙克氏のデザイン画や関連造形物まで展示してあってかなり充実した内容だった。自分が日本の特撮映像にかくも長きに渡り惹かれ続ける理由のひとつが、怪獣に代表される「異形なもの」への愛。加えてシュールリアルな表現には目が無いので、成田氏のデザインは眺めているだけで至福なのである。

ところで、私昭和62年にも成田亨さんの個展に行っている。 以下がスキャンした当時のチケット。
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上京した後のことだったけど、確か名古屋で見たと記憶している。この時期「宇宙船」誌上を中心に再評価の機運が高まっていて最初のデザイン展がいつ頃だったか調べてみたら、1983年の16号の欄外に告知があった。「フォーラム六本木アネックスビル5F・12/1~30まで」とあり、当時私はまだ岐阜にいて思いっきりうらやましく思ったものだけど、すでに上京する事は決まっていてやがてくる”東京の春”に胸を膨らませていたっけ。同誌上で「U-ジン」というオリジナル・デザイン企画の連載があったり、海洋堂が新デザインの怪獣のガレージキットを出したり、豪華な画集も2冊刊行されたりと次々と楽しい事があったなあ。

後年成田氏は世界中の伝説に登場するモンスターの再デザインに着手していた。その一環で鬼や竜を描いていったのだけど、私が行った展覧会も多分その頃のもの。そういえば「アギ鬼神の怒り」という映画のビデオパッケージも成田氏じゃなかったかな。

ところで会場では豪華な図録が売ってたが、これは先行して行った知人がすでに買ってくれている(なので今回買ってないよ>佐七どの)。しかし、以前にはクリアファイルや絵葉書まで売っていたという事実がネットで判明。やっぱこういうイベントは早いうち行いかんといかんね。

人生の大切な事はすべて特撮が教えてくれた

■冒険王Ver 仮面ライダー完全版

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先日たまたま本屋で見かけて凍りついた。2分冊でそれぞれ「哀哭編」「怒涛編」と名前がついている。知ったのはついこの間だけど、「哀哭編」は6月のリリースで「怒涛編」が今月。知らなかったなあ。

これは昭和47年から49年にかけて、秋田書店の月刊まんが雑誌「冒険王」にすがやみつる氏の手によって連載された「仮面ライダー」および「V3」をまとめたもの。最初はサンデーコミックスにまとめられ、その後アクション・コミックスなどで復刻の機会はあったものの一度も完全に原稿が拾われた試しがなく、今回やっと完全版での復刻となった。

ライダーのマンガ作品と言えば少年マガジン連載の石森版が有名である。今も文庫などで簡単に読めるが、テレビの展開を離れた大人びた世界観であった。冒険王版は番組2年目突入とともに連載が始まったのだが、何しろライダーが講談社以外の雑誌に連載される事が事件だった。

昭和46年あたりを境として冒険王がどんな変化を遂げたかは、検索かけてもらえばわかると思うので割愛。あとがきによれば、このライダー起用が部数を飛躍的に伸ばす起爆剤となったようだ。またやはり講談社に対する配慮もあったらしい。

内容はテレビのストーリーを追う形で進行していったが、月刊誌ゆえ毎回複数怪人が登場する内容が楽しかった。とはいえ、立花藤兵衛や滝は原作版と同じキャラだったりするのは師匠(すがや氏は石森プロ出身)に敬意を表してなのか。

見所はまず、今回初めて復刻された「ショッカーライダー編」から「ゲルショッカー壊滅~デストロン出現~V3誕生」までのシーケンス。毎号読み切り形式で連載されていて、それでいて大きな流れを持って物語が動いていくところが圧巻。風見志郎も最初から絡んでいるし。

もうひとつは今回初めて収録された別冊付録版V3が2本。これが新書版コミックス1冊分のボリュームがある代物で、多分ページ数の関係でこれまで単行本収録が見送られてきたもの。当時はかなりお得な気がしたが、今見れば最初から小さいサイズにする前提だったせいかコマも大きく、それなりに省力化が図られていた事がわかる。

ライダーと東映が大きなヤマ場を迎えたの時代の高揚感が手に取るようにわかる1冊。またひとつ、心のトゲが取れた。

■円谷一 ウルトラQとテレビの時代

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夏ごろ、周りの特撮マニアの間で大絶賛となった一冊。毎日ちまちま読んでいってようやく最近読了。これまであまり脚光を浴びてこなかった円谷英二氏の長男、一(はじめ)氏の評伝であるのだが、だいたいオレ円谷英二氏の評伝すらまともに読んだ事なかったかもしれない。

関係者にインタビューをしたり、当時の雑誌を採録したりするのは普通のオタク本にはよくある手法だが、そのインタビューを一端バラバラにして”証言”という形で時系列的に本文に割り込ませる方式は読みやすくて見事。

著者の白石氏はブ厚い特撮本を時間をかけてじっくり作る人ですが、この人の本はどれも読み応えがある。お酒の席で2度ほどお会いした事があって、ちょうど「ウルトラマンコスモス」が放映されてた時期。特撮スタッフだった頃もあるらしく、私が調子にのって散々コスモスの悪口言ったら怒らせてしまった事もある(笑)。なかなか一本筋の通った人だ。

ところで英二氏の逝去を知ったのは、新聞などじゃなくて少年マガジンの追悼記事にて。その頃小4くらいだったけど、ゴジラも英二氏が生みの親だった事はその時初めて知った。意外にもスタッフに対する関心ってそのくらい適当だったのよね。あと一氏の逝去は、母親が買っていた女性週刊誌(それが週間明星だった事が今回わかった)の記事から。相次ぐ取締役の逝去に「どうする!?円谷プロ」といった危機的な内容だったと思う。Aとガスゲゴンの写真が一緒に載っていた事は覚えている。

■映画「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」

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去る9/16(土)、公開初日に”ユナイテッドとしまえん”に見に行った。ハヤタ・ダン・郷・北斗の4人の舞台挨拶つき。映画は大ヒットになったらしく、ネット上でもかなり絶賛。どマニアとしてはいろいろ言いたい事はあれど(笑)、80年代初頭で止まっていた「ウルトラの星」の物語に26年経って新しい歴史から付け加えられたのは喜ばしい。ただこの20年間、ウルトラ4人組は地球にとどまっていた事にされてしまったのはちょっとなあ。

だいたい私は帰りマンの「ウルトラ5つの誓い」やAの去り際の言葉などをほとんど真に受けて育ってきたところがあるので、そのスピリッツが今も生きていた事だけで感動。

写真は舞台に現れた4兄弟。遠かったのでピンボケ。
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どうも私は頭ン中特撮と音楽しかないように思われてるみたいだが、まあ当たってます(笑)。

神の速さの愛-仮面ライダーカブト劇場版

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金曜日夜、仕事が暇だったんで渋谷東映に仮面ライダーカブトとボウケンジャーの劇場版を見に行く。以下ネタバレ満載なので、まだ未見の人は要注意。

「ボウケンジャー」冒頭にプールで泳ぐ時は吸水口に気をつけてというテロップが出る。事件の発端にプールの吸水口が関わるという、なんとも間の悪い演出。こういう偶然はよくある。

70年代にその存在だけで頼もしく思った”和製ドラゴン”倉田保昭氏がゲスト出演だが、アクションシーンはなし。考えてみれば倉田氏の出演作は「Gメン75」と「闘え!ドラゴン」しか見た事なく、出世作となった映画は1本も見ていないなあ。内容の方は、前2作と比して盛り上がりにかける感じがした。

「仮面ライダーカブト」仕事場で後ろに座っているおっさんが小学生の息子さんと見てきたらしく、やたらと内容の話をしたがる。なんとか阻止してきたが、それでもラストのオチはなんとなくわかってしまっていた。

それはそれとして、なかなかのスケール感で日本トクサツにありがちなちゃちな感じがしなかったのは感心。いつも言われる事だが、やはり尺が足りなさすぎ。2時間くらいあればもっと見ごたえがあったのにね。訳のわからなかった天道の行動が、ラストシーンでパズルのピースがはまっていくように氷解していく構成も見事。

あとバトルのほとんどがライダー同士のそれで、しかも全体に少なかった感がある。これはライダー映画の姿を借りた「セカチュー」(見てないけど)のような純愛映画だからだろうか。ただ、各ライダーを演じた役者陣のはったりの利いた演技は好感がもてる。こうでなきゃいかん。設定が違うTV版ライダーにも、同じバックボーンを匂わすセリフ(メイクやパーフェクト云々)があったりするのも楽しい。

で天道とひよりは兄妹として、じゃあ今の妹は一体何なのか?映画版だけの設定かと思いきや、後日談を思わすエンディングにもしっかり出てくるし。平成のライダー映画はいつもTV版とのリンクを微妙にちらつかせるが、だいたい関係なかった事になるのが常。今年はまたストレートに1話冒頭に戻したが、果たして。

不満なのは秒殺される再生怪人(ワーム)軍団。昭和のライダー映画は怪人軍団と盛大なバトルが見られるのが恒例だっただけに残念。

土曜は遅い墓参りのために日帰りで名古屋へ。滞在5時間くらいでトンボ帰り。

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写真は東京駅構内の特設ショップで売っていた「ピノ子語講座トイレットペーパー」。もったいなくて使えない。

沈没する特撮

「日本沈没」が再映画化されかなりの話題となっている。私も1973年の暮れに大いに興味を持って劇場まで見に行った中学生であった。多分まだ「ノストラダムスの大予言」鬱に陥る前の事だったと思う。当時は少年チャンピオンにさいとうたかを作画のマンガも連載され、そのコミックスは通常のそれよりもブ厚いもので”破格の扱い”を感じたものであった。ちなみにこのマンガ化の実績が、後の「サバイバル」の成功に繋がったかどうかは定かではない。おっと、話がそれた。なお、まともに原作を読んだのはもっと後の大学生くらいの頃。

 さてそんな空気感の1973年~74年であったが、「機にして敏」は特撮界の常。この時もまた多くの特撮番組が「沈没」を取り込んでいった。特にこの場合、近接したエリアで起きているだけに実にやりやすかったようで。今回「日本”再”沈没」の記念として、”特撮界における沈没ブーム”を拾ってみた。ただし、サブタイトルに「沈没」とあっても全てをネタと言い切るのは当然無理があるし、偶然かぶってしまった事もある。それは重々承知の上での、”こじつけ遊び”と捉えていただければ幸いです。

 なお特撮界では沈むだけなら、壊滅した基地とか復活した古代の島とかがいくらでもブクブク沈んでいてキリがないので、サブタイトルに「沈没」の文字が含まれているもののみを対象とした。
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流星人間ゾーン第15話「沈没!ゴジラよ東京を救え」(1973/07/09)

 「日本沈没(上)」は昭和48年3月20日が初版発行らしい。その後サブタイトルに「沈没」の文字が登場する最初のエピソードがこれ。頭がドリルになっている恐獣ザンドラが登場するが、その名の通り砂の属性を持つヤツ。こいつが穴堀まくって東京が沈没してゴジラも登場するという豪華エピソード。こういう場合「陥没」のが正しくないかと言いたくなるがまあいいとして、同じ東宝社内でこの時期すでにに映画化の企画があがっていたのか興味深いところ。

ウルトラマンタロウ 第21話「東京ニュータウン沈没」(1973/08/24)

 ただでかいだけのセミ怪獣・キングゼミラが理由もなく出現し、そのために起こる人間社会のドタバタを描いたエピソード。タロウのエピソードは概ね”子供向け”という印象をもたれがちだけど、この話など自然界のバランスが崩れた時のシミュレーションともいえるわけで、その意味で初期ウルトラ的テイストを持っていると思う。

 ゼミラは東京タワーにとまってミンミン泣いたり(でかいのでうるささも半端じゃない)おしっこひっかけたりするが全然「沈没」っぽくない。らしい描写と言えば幼虫期に地震を起こす程度。もしかすると、サブタイだけ便乗の例かもしれない。

イナズマン 第8話「恐怖砂あらし!大空港沈没!!」(1973/11/20)

 この時期になると確信犯的に”沈没”をサブタイに入れるようになっていると予測される。ザンドラと同じく砂の属性を持つスナバンバラが登場。ザンドラが穴堀まくるのに対し、こちらは砂嵐を起こして空港を沈没させるらしい(見た事ない)。おそらく飛行機が軽々と横滑りするおなじみのあのバンクも使われているのではないかな。

 また列島全体を視野に入れる作戦が多くなるのもこの時期顕著で、これまた「沈没」の影響と思えなくも無い。同番組でも4話「日本列島大爆発!!」というサブタイがあるし、仮面ライダーXにも第6話「日本列島ズタズタ作戦!」というのがある。

 1973~74年と言えば多くの特撮番組がしのぎを削る空前絶後の時代。毎週いやほとんど毎日日本のどこかで侵略活動が行われていた訳だが、各組織の幹部がこぞってベストセラー「日本沈没」を買って読んで作戦に取り入れていたと考えるとなかなかほほえましいものがある。

鉄人タイガーセブン 第17話「日本列島沈没の危機!!」(1974/01/26)

 同番組には砂原人も登場するが、このエピソードに登場するのは地震原人と海坊主原人というよりストレートなキャラ。次週の18話「伊豆半島死の攻防戦!!」と前後編をなす一大巨編。海坊主原人はトゲトゲしててどこが海坊主なのかと一瞬思うが、どうもウニの怪人らしい。地震原人はもっとモチーフがわからないが「歩くだけで周囲に大地震が発生する」という、敵にも味方にも迷惑この上ない奴。東京とか空港とか局所的だった沈没系作戦を、初めて日本列島全体に適用した記念すべきエピソード。ちなみに私の知人で「鉄人タイガーセブン」をこよなく愛する人がいます。

ウルトラマンレオ 第1話「セブンが死ぬ時!東京は沈没する!!」(1974/04/12) 第2話「大沈没!日本列島最後の日!」(1974/04/19)

 西川が愛してやまないレオの第一話。マグマ星人と二大怪獣による津波作戦により水没の危機を迎える東京、一人傷つきながらも守るセブン、そこに真っ赤な炎となって飛来するレオ!というシチュエーションはウルトラシリーズ全体を通じてもっとも燃えるシーンのひとつ。

 毎年同じような目にあっているあの世界ですが、このお話では特にモロボシ・ダンに「東京は、日本は沈没するっ!」というセリフをしっかりと吐かせていてもろに影響を伺わせる。
このエピソードを最後に「沈没」の文字を含むサブタイトルは見当たらない。映画化をピークとしてブームは去ったと言う事か。あるいは社会現象から”トクサツ”カテゴリに昇格してしまったために、取り込む対象ではなくなったのか。同じような時期に空手ブームがあったが、その余波は逆に以降何年にも及んだ。

<番外>
ウルトラQ 第20話「海底原人ラゴン」(1966/05/15)

海底火山の爆発の影響で沈み行くしかない岩根島の運命と、卵を探して島を襲うラゴンを絡めたエピソード。「沈没」の文字はサブタイにないけど、局所的とはいえ「日本沈没」のアイデアを先駆けているとも言える1本としてご紹介。
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<小ネタ>
・後に「Gメン75」に繋がっていく「アイフル大作戦」にも第41話「 地震・雷・火事・亭主!日本沈没」(1974/01/19)というエピソードがある。
・アニメだがドロロンえん魔くん第15話「挑戦!えん魔大王」には”沈没なまず”なる妖怪が登場する。
・電人サボーガー第51話「ストロングザボーガー作動停止!!」では”六大陸沈没作戦”が進行される。最終作戦だけにスケールがでかいが、いつも思うのだけど侵略が目的なのに沈没させたりズタズタにしたりして後で困らないかと・・・。
・大戦隊ゴーグルファイブには第14話「大変だ!地球沈没」、六神合体ゴッドマーズには第9話「SOS!東京沈没」というエピソードがあるが、いずれも80年代に入ってからなのでまあ参考程度。
・円盤戦争バンキッドにはタカトクトイス製の「沈没ゲーム」が、基地への秘密の鍵として使用されていた。(2007.2.4追加)
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<蛇足>
 そう言えばあのねのねにも「日本沈没の唄」というのがあった。