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仕事

ライティングのお仕事

11月にライティングの仕事をやってみました。これまで私はSEの仕事でしか収入を得た事がなく(一時期、ほんのちょっと音楽で稼いだ事はあったけど)、その意味では生まれて初めての副収入の道。かと言って「ライターデビュー!」などとはしゃぐつもりはさらさら無いです。何しろどういう訳か私の周りには、その筋には名の通った立派なプロライター諸氏がいっぱいいて、その人たちに比べれば稼ぎもクオリティも実績もまだまだ全然足元にも及ばない。

11月頃に副収入の道を模索するために、とある仕事のマッチングサイトに自分及び会社の名前を登録した。本業の空き時間に出来るシステムの開発仕事を得る事が目的だったんだけど、予想外も予想外、資格欄に書いた”薬剤師”の文字に対して依頼が来た。

作業の内容は、薬剤師の転職サイトに掲載する記事をテーマ毎に書くというもの。ネット掲載とはいえ立派な商業文章である。パソコン通信の時代から思うままに駄文はいっぱい書いてきたものの、商業文章など全く初めての事。当初は数百文字の1記事を書くのに2~3時間もかかってしまったが、最後の方はだいたい30分くらいで書けるようになった。ネタを仕入れる為に休日に図書館に行って業界紙を調べたり。

おかげ様でクライアントさんには気に入っていただけて、先日その分の入金がありました。しかもありがたい事にまた同じテーマで追加の発注を受け、目下鋭意取り汲み中です。

これまでピンとこなかった知人のライター陣の言動や行動が、ちょっぴり理解できた気がしたりして。何にしろ、副収入の道が開けた事は喜ばしい事です。

21回目の創立記念日

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今日は自分の会社ウィルビーの21回目の創立記念日。
22回目だったら2が7個だったんだけど。

あのヴァージン・レーベルは21周年目に、
アニバーサリーのコンピ発売やライブを行った。
何故21周年かというと、イギリスでは21歳が成人だからだと。

そんな記念の日ですが新宿駅でゾロ目切符を数枚買っただけで、
あとはいたって普通なブルーなマンディだ。
どうせなら発祥の地、町田~新宿間で買えばよかったな。


書いておかねばならない事-有限会社ウィルビー20周年

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私が平成元年2月22日に設立した有限会社ウィルビーが本年20周年を迎えた。創立が2月22日?そろそろ今年も半分過ぎようと言うのに(笑)。いろいろ事情があって書けなかったが、そんなメモリアル・イヤーなので敢えて書いておく。まあガンダムもとっくに放映開始日過ぎてても未だに30周年と騒いでいるので、よしとしよう。

それより半年前の8月にはフリーになった。そのいきさつは以下の日記に書いた。

http://gowest.cocolog-nifty.com/anaheim2004/2008/10/post-9ec9.html

フリーになって初めてついた仕事が某都銀の3次オンの仕事で、ここで人生初めてのデスマーチを経験する。フリー最初の仕事がデスマーチとは全く(笑)。で、夢中で仕事しているうち雇用先から「これからも長くやっていただきたいので、会社にしていただけないか?」と言われる。その頃は契約社員だった訳だ。私はフリーのSEにはなりたかったが、会社を作るという野心みたいなものは微塵もなかった。だから全然予備知識もなく、困り果ててその頃住んでいた町田のアパートの近所の会計事務所に相談に行った(ここの税理士さんは以降ずっと弊社の経理を見てくれていて、今でもおつきあいがある。)フリー時代の半年でいつの間にかお金も出来ていて、さしたる問題もなく会社設立にこぎつける。ちなみに創立記念日には何の意味もなく、確か大安とかそんな事で決めたんじゃないかな。あと平成元年になったのは、昭和のうちから進めているうちに元号が変わったため。成り行き上こうなったのだけど、新元号とともに始まった会社なので結構あの時代に対する思い入れはある。

それからよく聞かれる会社名の由来だけど「いつかこうなりたい、ああなりたい」という願いを込めて「will be」とつけた。ソフトウェア関係の会社は長ったらしい名前が付いててもアルファベット3文字で略される事が多く、そういう傾向に反発したかった面もある。よく考えてみれば略して「MAT」とか「ZAT」とか「UGM」とかつけるチャンスでもあったんだが(笑)。この会社名にちょっと青臭いものをずっと感じていて、今でも自分で名乗る時には照れる。照れるので積極的に会社名を出そうとしない。なので、全然大きくならない(笑)。

そもそも自分がフリーのSEで仕事を続けていくためにある意味税金対策で作った会社なのでヴィジョンも何もなく、よって今でも一人で経営している(女房は一応役員だが)。ただ、一度だけ社員を入れた事があるのよね。うまくいかなくて数ヶ月で辞めてしまったのだけど、その苦い思い故にずっと一人で会社を続けているのかもしれない。しかし設立当初は20年も一人でやるとは思わなかった事は確かだ。

おかげ様で今日まで仕事を続けてこれた。アメリカに留学した年、携帯の仕事で死にそうな目にあった年、そして昨年父の最期を看取った年に仕事を空けたくらいで、それ以外はずっと繋がってきた。そして、そのためにいろんな人の力を借りてきた。それらの事に今更ながら感謝したい。

結局、独立していようがいまいがひとつひとつの仕事に対してどんな結果を出すかに尽きる。フリーと社員でどっちがメリットがあるかなんて事はなくて、どっちが性分に合ってるかだけの事だと思う。

せっかくの記念イヤーなのでもうちょっと自慢させてください。この20年間でやってきた仕事が約40本。長いの短いのいろいろあるが、半年に1本くらいの計算になる。ほとんどが出先でする仕事なのでいろんなとこに出向いたし、いろいろなベンダーの仕事も経験する事が出来たし、言語もほとんどこなしてきた。今もそしてこれからも、この実績が私の武器だし勲章である事は間違いない。

今後の夢としては、そろそろ自分の会社の名刺を堂々と出して仕事ができるようになりたい。実はこれまで、雇われ先の会社名を使う事がほとんどで”有限会社ウィルビーの西川”と名乗る事があまり無かった。最近はそれが少し自分の会社に対して、気の毒に思えるようになってきた。そんなささやかな願いをこめて、この日記を終えたい。

フリー20周年

20081014

時間が過ぎてしまいましたが、節目でもあるので。1988年の8月に、私は4年半勤めていた会社を辞めフリーのSEとなった。西川幸宏27歳の夏の事であった。そして、今年はフリーSE20周年なのである。そんな節目であっても、特に何もなく過ぎてしまった47歳の夏。

私は薬学部の出身で、一応薬剤師でもある。だが一度もそっち方面で働いた事はなく、ハナからソフト業界に就職した。当時よりコンピュータに興味があった事もあるが、それ以上に何となくこの業界なら独立できそうな予感がしたため。と言っても確たる根拠があった訳では全然ないのだけど、少なくともその頃からずっと会社勤めをする気はなかったのだな。今の私が当時の自分を唯一ほめてやれる事があるとすれば、よくぞあれだけ情報の少ない中で一発で「適職」を選んだものだという事に尽きる。いろいろ回り道が多い人生と自覚しているけど、こと職業選択に関しては迷いは一切なかったなあ。

時代的にはバブルの終盤に立ち上がり、その時期に特有の苛烈な勤務と過剰な報酬は瞬間風速的に経験したがほどなくバブル崩壊。以降、平成不況、Windows(というかSE的にはDOS/V機)・インターネットの上陸、2000年問題、ITバブルなどを次々経験する。とりわけ90年代は、コンピュータとネットの周辺は実に目まぐるしく変化した時期だった。

ところで、この業界の残業の多さはよく知られているし、残業の多さが美徳になるという(間違った)風潮もずっと変わらずある。若いうちの生活残業はいたしかたないのは認める。止むを得ず深夜帰宅が続く日々も時には必要だ。だが、私は会社勤めをしていた頃から、質を落とさず出来るだけ仕事を早く終わらせる事こそSEとしての能力の高さだとずっと信じている。そして現在も、その理想と現場の有り様のギャップに悩まされる日々である。

で、ここ10年くらいは売り上げは横ばい状態(今年はイレギュラーな事があったため、少し下がるが)だが、月平均労働時間は年々減らす事に成功している。これだけは少し胸を張っていいかな。特にこの2年間は子供も生まれた事だし、出来るだけ毎晩食事を一緒に食べられる様努力をしている。「仕事をしている時間を減らす」というテーマはずっと変わらないけど、その意味合いは微妙に変化してきているのかも。

オチも何もなくてしかも2ヶ月も過ぎてる話題ですが、個人的にこの事だけは残しておきたかったので。