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アニメ・コミック

手塚治虫の短編が好き

現在、講談社から定期的に刊行されている手塚治虫文庫全集。元は昭和50年頃以降にB5サイズで刊行されていたもので、今回は文庫サイズでのリイシューになる。手頃なのでたまに買って読むが、欠かさず買ってしまうが短編集。これがまた何バージョン目かの買い替えだったりする作品ばかりで、指向性というもんはほんと変わらんなあ。私は幼小の頃から手塚治虫の短編が大好きだった。

■ザ・クレーター
ザ・クレーター (手塚治虫文庫全集 BT 45)

少年チャンピオンと少年ジャンプはほとんど同時期の誕生で(正確にはジャンプが1年早い)、私的にこの時期は週刊少年マンガ雑誌が3誌から5誌の時代に移行したと同時に、付録付き月刊誌時代の終焉でもあるという点でターニングポイントだったと思っている。

同作はチャンピオンに創刊期から連載されていたSF系短編の連作。テーマや設定に一貫性はなく、主人公がオクチン(奥野隆一)という少年(場合によっては青年)である点だけが共通しているが、そうじゃない場合もある。発表当初は恐怖マンガとして括られていて、確かに恐怖心をあおる展開が多いのだがその内容の幅広さは到底その一言では表現しきれないと思う。因果応報話や絶望的な結末が多い中、時折明るくほほえましいエピソードも散見される。子供の頃は、そんなオチャメな手塚世界がとても好きだった。今回の文庫化で未収録だったエピソードも収録されて初の完全版となっている。

「オクチンの奇怪な体験」
手塚治虫の描く幽霊はどれもとってもキュート。謎の女子幽霊に憑依されたオクチンのお話で映画「転校生」のような男女入れ替わり物の系列でもある。オチは最初から読めているがそれでもこうなければ、と納得のいくラスト。「やけっぱちのマリア」の原型かもしれない。
「大あたりの季節」
こちらもまた、オクチンの恋愛話を軸に展開する時間をテーマにしたストーリー。過去にさかのぼって歴史を改変できた場合、改変された世界にいる人たちの主観で世界は一体どう見えているのか、そうした観点で書かれたと思われるお話。でも、むずかしい事はひとつもなく実に愛らしい話で、小学生だった私はどこかにほんとにこんな○○が無いものか、と夢想したものだった。

他に、どこか間の抜けた侵略者が独自に得たいびつな地球の情報に惑わされ秀逸なオチへとつながる「紫のベムたち」「三人の侵略者」なども、愛すべき短編である。一気読みしてダレる事のない、非常に優れた短編集であると思う。

■ライオンブックス

ライオンブックス(1) (手塚治虫文庫全集 BT 28)ライオンブックス(2) (手塚治虫文庫全集 BT 29)ライオンブックス(3) (手塚治虫文庫全集 BT 30)

こちらはジャンプの創刊期に不定期に連載されていた短編の連作。チャンピオンとジャンプは共に創刊期に、真っ先に手塚氏の短編を掲載していたという事実が大変おもしろい。「ザ・クレーター」が毎週読み切りだったのに対し、こちらは長短様々で作品によっては短期連載の形式をとっていたものもあった。それ故かご本人いわく作品の出来にバラツキがあるらしい。またSFテーマだけでなく、動物ものや人情噺などが含まれているのも特徴。

「百物語」
短編のみならず、手塚氏の全著作の中でも5本の指に入るくらい好きな長編。とにもかくにも話がキュート。当時も人気があったらしく、いち早くジャンプコミックスの枠で単独でコミックス化されている。
うだつの上がらない侍が、切腹の直前に人生のリセットのために3つの願いを叶える代わりにタマシイを奪う契約を悪魔と交わすというお話。ある意味「どろろ」のテーマの変形でもあるし、氏が初期から取り組んでいた手塚版「ファウスト」のバリエーションでもある。(実際、朝日新聞社から文庫化された「ファウスト」に同時収録されていた)。
で、この悪魔がスダマというセクシーな美女というのが手塚氏らしいところなら、スダマが侍に恋してしまうと言う展開も手塚氏らしいところ。名誉出世のはかなさだとか、本当の愛とはとかいろんなテーマが入っているものの、それよりもただひたすら人間に恋した悪魔を描きたかったのだと思う。言うまでもなくスダマが超キュート。

他に『ポルターガイスト』という専門用語を我々に知らしめた「あかずの教室」、重苦しい展開でありながら希望の持てるラスト「荒野の七ひき」など、傑作佳作多し。反面「マンションOVA」など尻切れトンボ感がぬぐえないものもあり、氏自身の感慨どおり。

■タイガーブックス

タイガーブックス(1) (手塚治虫文庫全集 BT 115)タイガーブックス(2) (手塚治虫文庫全集 BT 116)タイガーブックス(3) (手塚治虫文庫全集 BT 117)タイガーブックス(4) (手塚治虫文庫全集)

ライオンブックスと対を成す短編集という意味でこの名がついているが、実は「タイガーブックス」という連載があった訳ではなく、単行本にまとめる際に便宜的につけられたタイトルらしい。なので、年代から掲載誌までバラバラ。どういう訳か動物ものの短編が多く収録されている。

「ガラスの脳」
何度も書いてるが、私の少年期は手塚氏の描く女の子のキャラクターにときめきを感じる傾向にあった。幼少期は「ジャングル大帝」も好きだったけど、「リボンの騎士」にはやはり何とも言えない甘酸っぱいものを感じていた。だから、自分が性というものを意識したきっかけも実は手塚マンガだった。いわゆる「ヰタ・セクスアリス」である。そのきっかけとなった作品のひとつがこれ。
映画化もされているので有名な作品だと思うのだが、当時掲載誌(たしか少年サンデー)を塾で読んでどうしようもなくむずかゆい思いを覚えたものだった。その理由がわからなくて、何度も何度も読んだ記憶がある。この時期手塚氏は児童への性教育に積極的で、「やけっぱちのマリア」「アポロの詩」などを通じて少年誌上でアカデミックな性の秘密を堂々と説いていた(赤ちゃんはどうやって生まれるか、とか)。実は「ふしぎなメルモ」も元は性の啓蒙がテーマだった。そんな作品を読んじゃあ何とも言えないむずかゆい思いに捕らわれていた思春期の入口だった。

「るんは風の中」
ポスターの中の女の子と恋するお話。こう書くと今だと二次元コンプレックス話にしかならないけど、ちゃんとファンタジーとして成立している点が素晴らしい。しかも二次元キャラであるるんはちゃんとしゃべる。身も蓋もない言い方すれば妄想話以外の何物でもないが、読後は非常にさわやか。そして当時の私にとっては恋愛はファンタジーと同次元の話だった。

他にもキュートなお岩さんが登場する「四谷快談」、スーパーヒーローマンガ「ハヌマンの冒険」など。ハヌマーンと言えばウルトラ兄弟と共演したタイの宗教系ヒーローがいるが、それとは無関係に書かれたであろうこちらのハヌマンもヒーロー然として描かれている点が興味深い。数々の特撮関連マンガも描いている氏らしい一編。また、大半を占める動物ものはどれも傑作。

■アバンチュール21
アバンチュール21 (手塚治虫文庫全集)
これは正確には短編集ではなく、学研の学習雑誌に連載されていた同名長編にいくつかの短編を合わせて1冊にしたもの。どうしても書きたい1編がここに含まれているため取り上げた。

「7日の恐怖」
ある日自分の部屋以外の世界が消えうせてしまう。自分の部屋から外は完全な『無』。神が今の人類の歴史に絶望しリセットをかけた。だが、手違いで一人だけ消去から漏れてしまった少年がいたというお話。
これを読んだ時、恐怖のドン底に突き落とされた。トラウママンガという事であれば、まず第一にこれを上げる。手塚氏のマンガは時折、とてつもなく深いテーマに足を踏み入れる場合がある。その際たる例が「火の鳥」で、友達の家にあったCOMコミックスを読んでしまって途方に暮れて帰宅した事が何度もあった。これを読んだ後1年くらい、私は自分の部屋を閉め切って寝る事ができなくなった。ちなみにオチは本当に心の底から安堵できるものであった。
今から思えばこの時感じた恐怖は、自分が立脚しているこの世界がもしかするとものすごい脆弱なものなのかもしれない、そして、それはある日本当に消えうせてしまうかもしれないという不安感だったのだろう。もしかすると後にP・K・ディックにはまり込む素地は、この時養われたのかもしれない。
手塚氏は性や恋愛だけでなく、こうした哲学的な領域までも目を開かせてくれていったのだと思う。

■メタモルフォーゼ
メタモルフォーゼ (手塚治虫文庫全集 BT 140)
少年マガジン誌上で変身をテーマとした短編の連作として連載された。それに変身をテーマとした短編を加えて1冊としたもの。カフカの「変身」から連想された「ザムザ復活」など、間違いなく氏得意のテーマ。

「おけさのひょう六」
手塚氏と少年マガジンの「W3」を巡る断絶は、歴史上の事実として有名な話。この短編はその雪解けの証として久しぶりにマガジン誌上に掲載されたものである。その号(1974年4月21日号)には同時に巻頭グラビアとして手塚氏のマンガ作品を何十ページにも渡って集大成する特集が掲載されていた。この後、マガジンはちばてつやや川崎のぼるなどの巨匠の集大成特集を定期的に掲載するが、その嚆矢となったのがこの特集であった。またこの頃はオイルショックの影響下にあり、軒並み週刊マンガ誌はそれまでの半分以下の厚さとなっていた時代(しかも定価は100円から若干値上がり)。記憶によればこの号から定価が150円となり、厚さが通常に戻った。そんなこんなで目が覚めるような1冊だった事を未だに思い出す。

ところで「メタモルフォーゼ」は雪解け後の70年代後半のマガジン誌上での連載。この後一大傑作「三つ目がとおる」が生まれ、手塚氏の何度目かの黄金期となるわけだが、私はラブコメ路線と長編化した「野球狂の詩」などに魅力を感じず、幼少期からその精神性をはぐくんでくれた少年マガジンからついに離れる事となる。時に昭和50年、私は中学を卒業する年齢になっていた。

坂口尚「ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【上】狼の紋章」「【下】狼の怨歌」

ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【上】狼の紋章 (マンガショップシリーズ 428)ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【下】狼の怨歌 (マンガショップシリーズ 429)

お宝名作マンガの制作販売会社として、この平成の乱世にあって地道なリリースを続けるマンガショップより、瞠目すべきアイテムが先月発売された。それが同タイトル。

ウルフガイ・シリーズと言えば平井和正の「幻魔大戦」と並ぶライフワーク。近年ではこの2シリーズも歩み寄りを見せているらしい。そんな一大大河シリーズの最初のエピソードをマンガ化したのが本作。

と思いきや、実は小説よりもこちらのマンガ作品の方が発表が先だったらしい。つまり「幻魔大戦」と出自は同じであったという事だ。

描くは「石の花」「一休」などの坂口尚。私はアニメーター出身であるこの人の描くしなやかな絵が大好きなのだ。

ところで、私は同じアニメーター出身の村野守美の作品も好きである。両者に共通しているのは、コマの前後に動きが見える事。単なる一枚絵ではなく、まるで動画の一シーンを切りとったかのような印象。そのリズム感に身をゆだねていると、いいしれぬ快感を覚えるのだ。

ところで坂口氏が描くキャラのポーズは、いわゆる「金田バース」に似ているが何か関連があるんだろうか?

本作の連載は「ぼくらマガジン」。付録付きの月刊少年誌が相次いで廃刊するというひとつの時代の節目となった昭和44年に、月刊「ぼくら」が転生した隔週刊誌である。

その誌面の詳細をいまさら記する事はしないけど、ちょっとあげてみるとデビルマンの原型となった「魔王ダンテ」、永井豪バイオレンス路線の嚆矢「ガクエン退屈男」、マーベルコミック提携「ハルク」、写真絵物語「謎の円盤UFO」、廃刊後はマガジンに引き継がれる「仮面ライダー」、唯一のさいとうたかを特撮ヒーロー作品の原作「バロム・1」などなど。少年マガジンともぼくらとも違う重要な作品群を排出した。って、十分語ってるなあ。ちなみに「ぼくらマガジン」は「少年マガジン」に吸収される形で消滅した。近年同じ講談社の「マガジンZ」なるヒーローマンガ専門誌のような月刊誌が廃刊となったが、人気作だった「仮面ライダーSpirits」は「月刊少年マガジン」に引き継がれる形で継続。歴史が繰り返されている。

上巻は東宝で映画にもなった基本的なストーリー。下巻は今回初単行本化だが、相当にスプラッタ色が強い。一部ならともかく最初から最後までこうなので、そういうのがお嫌いな方は要注意。当方も結構げんなりしてこっちだけ手放してしまった。

「小学5年生」「小学6年生」休刊

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最近の日記は頻度が少ない上日常の話ばかりで全然おもしろくない。たまには「らしい」話題でも投下しよう。
いろいろ暖めているネタはあるが、まずは昨日ネットで拾ったこのニュース。小学館の学習雑誌「小学5年生」「小学6年生」が今年度末で休刊するという。学習雑誌と言えば我々がまず思い浮かべるのが第二期ウルトラシリーズ放映時代の怒涛の特集群である。ここからウルトラ兄弟の歴史が始まった訳だ。藤子不二雄の一連の名作もほとんどが学習雑誌が初出だったりと、児童文化史的にもかなり重要であるのだ。

でうちは学習雑誌は妹ともども「小1」くらいからずっと定期購読していたので、「小5」「小6」ももちろん通過していた。私は昭和46年の春から5年生になったので、そっから2年間という事になる。

で昭和46年の春と言うのは特撮的には大変重要な年。なにせ「帰りマン」と「ライダー」が始まった年なのだから。従ってさぞかし誌面もにぎやかと思いきや、実は小5ともなるとそうした特撮系ヒーローのグラビアはほとんど皆無。やはり背伸びしたがる年齢なので、ヤングでアダルトな(笑)誌面構成をこころがけていたようだ。反面低学年の誌面の百花繚乱ぶりたるや、私は親のバッシングにもめげず3つ違いの妹の「小2」「小3」を独占して渇を癒していたのである。

ところでそんなヤングアダルトな「小5」でも「帰ってきたウルトラマン」のマンガの連載はあった。マンガというよりは、絵物語に近いがこれを描いていたのが「石の花」や「ウルフガイ」で知られる坂口尚であった(画像1参照)。坂口氏と言えば虫プロのアニメーター出身で、そのせいか大胆なデフォルメがかかった画風が特徴。かなり癖のある画風で、この人が描いたウルトラマンガが存在するというだけでもかなり貴重。近年「ウルトラ博物館」というムック本で少しだけ復刻されて驚いた。

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さて「小5」の名物と言えば言うまでもなく「いなかっぺ大将」。この作品の連載システムは独特で、毎年「小5」の4月号から連載がスタートし、「小6」の3月号、すなわち小学校の卒業と同時に最終回を迎える。これを毎年同じ内容で繰り返すというもの。なので、お兄さんお姉さんが読んでいたのと同じマンガを小5になったら読めるという訳である。当時私が通っていた学習塾はマンガ雑誌を大量に置いてくれていて、小5になる前にそこで「いなかっぺ大将」もすでに読んでしまっていた。で、自分が「小5」読者になって「いなかっぺ」第1話を読んだ時には驚いた。大ちゃんと言えば、まん丸目玉にのどちんこの見える大口というギャグ風キャラが当たり前だが、最初は眉毛もりりしい典型的川崎のぼる熱血キャラだったのだ。なので、どこで大ちゃんのキャラが崩れるのか、それが当時の私の最大の興味だった(かなり初期話数で崩れたような)。

「小6」の思い出と言えば、連載マンガよりも読者コーナー「ハロー6ワイドショー」が大好きだった。みくちゃんと六ちゃんという二人のスタッフが読者のお便りを紹介するコーナーなのだけど、柱や余白にコチャコチャと書かれたマンガが楽しくてしかたなかった。みくちゃんの方は御厨さと美氏(「NORA」「さけたパスポート」)であるのはほどなくわかったのだけど、つい最近六ちゃんの正体がわかった。なんと「F」や「ダッシュ勝平」の六田登氏だったのだ。結構芽が出るのが遅かったのね。

ずいぶん前に高学年誌の表紙がティーン向けのグラビア誌のように変更になったと話題になった事があるが、それ以降は話題にのぼる事もなかった。これからは学習雑誌は「小4」までという時代になるのだ。そう思うとやはりちとさみしいものがある。坂口尚版「帰りマン」や「ハロー6ワイドショー」単行本にならんかなあ。

赤塚不二夫逝く

この人とキース・リチャードは絶対死なないんじゃないかと思ってたけど、やはりこの日が来ましたか。

昭和30年代生まれだと「おそ松くん」となるんだろうけど、実は私はあんまり思い入れがない。モノクロ時代のアニメソングはほとんど歌えるのに、おそ松だけは後に復刻盤レコードで初めて聞いたりとか、六つ子全員の名前が今でもうろ覚えだったりとか。マガジンも古くから買っているのでバカボンも一応は読んでいたが、どうも昭和40年代前半くらいまでのホノボノした赤塚マンガはあんまり食いつきがよくなかったようだ。

で、最初に好きになったのが「もーれつア太郎」、というよりもニャロメ・ベシ・ケムンパス。何故かこいつらが大好きで毎日ノートに書きなぐっていたのが小4くらい。この時代は学生運動が盛んで、ニャロメはそんな全共闘世代の若者のシンボルであったらしいが、私にとってはそれはそんな重要な話でもない。そう言えばココロのボスも、その類をみないネジのはずれ具合が大好きだった。そういうオバカさん故、泣かせるエピソードもあったなあ。

そして少年サンデーで「レッツラ☆ゴン」が始まる。これが私の赤塚観を変えた。こんなバカバカしいマンガ、今まで読んだことがない。この時期は「アメリカの雑誌『MAD』に影響を受けて」と定番のように言われるが、そのアナーキーさと付き抜け具合、そして無意味さが当時の私(小学校高学年)にキョーレツに響いた。それはマガジンのバカボンでもそうで、ある時期を境にどんどん狂い出す。ある時はデッサンのみだったり、ある時は劇画タッチだったり、「実験」の名を借りた思いつきネタが毎週連発。おそらく本人もこの時期は紙一重の状態だったんじゃないだろうか?シド・バレットか、はたまたカート・コバーンか、そんな狂気が、仮にも少年向け週刊マンガ雑誌からにじみ出ていた。とにかくこの時期の赤塚マンガは、私のギャグマンガ観を根底から覆した。ちゃんと笑える「ギャグマンガ」があるんだと。この衝撃を越える体験は山上たつひこ「がきデカ」の出現までない。

以前新宿3丁目の「夢ろまん」というスナックによく通っていたんだけど、そこのマスターが若い頃全盛期の赤塚氏がよく飲みにきていたのを目撃したらしい。毎晩女性をたくさん連れてきては、全部おごって道路で大の字で寝ていたと。実に豪快である。

さて、「レッツラ☆ゴン」「天才バカボン」もやがて連載を終える。それぞれ「少年フライデー」「B・C・アダム」に連載が切り替わる訳だが、ほとんどの人がそんな作品聞いた事もないと思う。私はマンガ家としての赤塚不二夫は、それまでが全盛期だと思っている。それは70年代中期、意外に早い失速だった。あとは「元祖天才バカボン」とかあるんだけど、それらはむしろアニメ関係者の方の功績になる。初期に単行本を出版していた曙書房についても書きたいけど、長くなるので。

もうひとつ赤塚氏と言えば、タモリや山下洋輔などのジャンルを越えた交流を忘れてはいけない。その面々たるやまさに梁山泊。そんな交流から生まれたのが雑誌「まんがNo.1」であり、アルバム「ライヴ・イン・ハトヤ」である。「まんがNo.1」の話は去年書いたので以下参照。でもこれだけはも一度書く。井上陽水の「桜三月花吹雪」のラリパッパ度は、赤塚ワールドのそれに他ならない。陽水の狂気は、赤塚ワールドから受け継いだものだったのかもしれない。

帯をギュッとね・最近買った音盤の話(2007/2/17)

赤塚不二夫のまんがNo.1シングルズ・スペシャル・エディション ライヴ・イン・ハトヤ 氷の世界

赤塚マンガの単行本って、うちでは以前から中途半端な巻がポロポロとあっただけでいつの間にか処分されてしまっていて今ではほとんどない。この機会にバカボンとレッツラ☆ゴンの文庫をまとめ買いしようかな。

マンガ関連本3題

年末から年初にかけてマンガ関連の本を立て続けに読んだので、その感想など。マンガそのものではなく、それをテーマにした活字に耽溺するというのもなかなかへそまがりな行為です。

■ガロを築いた人々―マンガ30年私史/権藤晋

図書館でまとめ借りしたうちの一冊。ガロとのかかわり初めと言えばやっぱり「ねじ式」になるんだろうけど、現物を読んだのはかなり後だと思う。いしかわじゅんのパンクドラゴンに出てきたパロディ(「医者はどこだ?」)が当初理解できなかったので、少なくともそれ以降でしょう(70年代終わり頃)。それから朝日ソノラマのサンコミックスの「鬼太郎夜話」、小学館文庫の「カムイ伝」などと続く。というか、積極的にそういうのを選んでいるのでガロ的なものは体質にあってるのは、まあ間違いない。

本書はファンから青林堂の社員になった著者が、ガロに関わった人々をつづっていくという内容で、単なる作品論にとどまらずその頃の生活や人となりが垣間見えるような描写が大変面白い。90年代中頃まで存在していた訳だけど、やはり60年代後半から70年代前半あたりが伝説的に伝えられているわけで、それは流石に私もリアルタイムではない。マンガ界のインディーズ・レーベルというイメージを持っているんだけど、この頃ガロは水木プロダクションと密接な関わりがあったようで、実はかなり商業作家がウェイトを占めていたのかもしれない。あるいはインディーズ色が強くなるのはもっと後で、当時は商業作家が一般の週刊マンガ雑誌などには向かない作品を発表する場だったのかもしれない。だから原稿料がタダというのは有名な話だけど、もしかするとこの時はちゃんと支払われていたのかもしれない。

リアルタイムの記憶と言えば、90年代に入って初台に事務所を移した頃の事。当時はこのあたりはソフトウェア関連の大小さまざまな会社が密集していて、私は”日本のシリコン・バレー”などと呼んでいた(そしたらその後世間的に「ビットバレー」などとはしゃぎだしたのは苦笑しましたが)。その一群の中にツァイトという会社があった。ここは「ねじ式」のパソコンゲームを出していた。(当時はNECの98ノートが主流なので、それ用。もちろんDOSで動く)。このゲーム、「ねじ式」が載ったガロの復刻が特典という実に豪華なものだった。それで会社名を覚えていたら、後に青林堂がツァイトの事務所に移ってきて驚いた。どうも青林堂のオーナーになったらしい。また、現在は中野ブロードウェイに店を構えているビレッジ・バンガードのようなサブカルショップ「タコシェ」は、ツァイトと青林堂が立ち上げた会社で、当時は高円寺にある「マニュアル・オブ・エラーズ(マニュエラ)」という中古レコードショップと同居していた。このマニュエラは京浜兄弟社というインディーズ・レーベルが始めたお店で、こっちも意識していた会社だったのでそこともつながってしまいまた驚いた。こんな風に甲州街道の向こう側で起きていた事を横目で見つつ、立ち上がったばかりの自分の会社の事であくせくしていたあの頃の私。当然ネットはまだなくパソコン通信が主流の頃、今では珍しくもないITとサブカルチャーのリンクの草分け的なお話。

■ユリイカ 2007年9月号 特集 安彦良和
ユリイカ 2007年9月号 特集 安彦良和
私にとって安彦氏はガンダムやコン・バトラーVのキャラデザの人という以上の認識はない。もちろん「アリオン」や「ガンダム The Origin」を執筆しているという事実も知っているけど、それにしても何でユリイカで取り上げるのかと思い、これまた図書館で借りてきた一冊。そしたら安彦氏はとっくの昔にマンガ家専業に転身していて(知らなかった)、今特集はマンガ家・安彦良和を重点的に堀り下げるものだった。

印象に残ったのは、繰り返しでてくる2つの話題。ひとつはいしかわじゅん氏に批判された事に単行本の後書きで反論をした件。こういう素直な反論(というか、批判に腹を立てただけ?)はあまり見た事がない。そこにかえって純粋なものを感じた。

もうひとつは、氏も学生運動を挫折してアニメ業界に「転向」したという指摘。したがって全体にイデオロギー的な観点で作品を論じている部分が多く、おまけに最近の著作も歴史ものが多いとあってさらにこの観点は相性がいい。加えて冨野義之氏や宮崎駿氏・押井守氏まで引き合いに出して、学生運動転向組が現代のアニメの基礎を作ったみたいな着地点になっているけど、それどうでしょ。この年代(所謂団塊の世代)の方で学生運動にかかわっていた人達が重要なポジションを占めているのは他の業界にも普通にあるような気がする。単に年代的な問題だけではないのかな?

それにしても現代の「おたく」は、最近のアニメの諸作品(「エヴァンゲリオン」「甲殻機動隊」など)を通じて政治ヲタクになっているらしい。私たちが遊んでいた世界は、イデオロギーとは無縁な世界だった(「ヤマト」は関連が早くから指摘されていたけど、どうでもよい話だった)。小学生くらいの頃テレビで機動隊と衝突したり学校に籠城したりする大学生の映像を見て「大学生になったらこんな事しなきゃいかんのか。めんどくせーなー。」とか思った私なので、今でもその感慨はあまり変わらない。

■スタジオ・ボイス 2008年2月号 特集 [少年ジャンプ]というジャンル!
STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2008年 02月号 [雑誌]
スタジオ・ボイスって一般にはかなりスタイリッシュなカルチャー誌と思われているけど、突発的に私の琴線に触れてくる特集を組んだりするので油断ならない。最初に買ったのは以前の劇場版「エヴァンゲリオン」公開に合わせたアニメ特集。それからグラムロック特集やら日本映画特集やら日本の作曲家特集やら、この無節操なとこまで好み。今号は久しぶりに財布の紐がゆるんだテーマ。ありそうでなかった「ジャンプ的」なものを分析する。

私は影響を受けたという点でも慣れ親しんだ期間という点でも、圧倒的に少年マガジン派になる。ジャンプは創刊も先行の当時の3大誌(マガジン・サンデー・キング)から遅れたため、チャンピオンとならんで2番手的なイメージになる。しかし、周りで読んでいる人が多かったり喫茶店に置いてあったりと、買わなくても手に取る事が容易だったためかかなりの作品を読んでいる。他4誌と一線を画すのは、よく指摘されるように雑誌全体で戦略的にマンガのカラーが決定されている事。そもそもマンガというのは原作者の創造する知的著作物であるはずであるが、ジャンプは雑誌全体の戦略から「製造」される娯楽である点が大変興味深い。「ジャンプ的」という言葉は、そうした背景から生まれてくる。

印象に残ったキーワードが2つある。その1つが「自壊」。まともに読んだ事なくても、「幽々白書」の打ち切りの話は知っている。以来「自壊」はジャンプらしさのひとつになったそうだが、実はそうした観点で見れば多くの作品が自壊しているという。その原点が「ハレンチ学園」と聞いてなるほど納得。一般にはスカートめくりやらのぞきやら過激なエッチまんがと思われている(あくまで当時は。今では小学生でも笑えないと思う)が、途中で「ハレンチ大戦争」と称して学園が壊滅状態になり主要登場人物が一旦全滅するという展開となった(もちろん最終回ではないので、後に生存が確認されたり再登場したりする訳だが)。確かに当時この展開には唖然としたものだった。ただし、現在の自壊が成り行き上という感が強いのに比して、たぶんに戦略的ではあるけど。どうもあまりに激しいPTAのバッシングに対し、自ら一旦積み上げてきたものをご破算にしたかったらしい。考えてみれば永井豪と赤塚不二夫は自らの作品を、内部から破壊する事が多かった。マガジンに載っていた「キッカイくん」などは、タイトルが破壊されたために永井キャラが大挙して押し掛けてきたなどという今では絶対考えられないエピソードもあるし。赤塚は言うに及ばず。

もうひとつ印象に残るのが「異能バトル」。リンかけもDBもジョジョも筋肉マンもすべてこの「異能バトル」の系譜に連なるという。この聞きなれない言葉、調べてみたらライトノベルの世界では常用されているみたい。ただしググっても明確な説明も見当たらないし、門外漢にとってはほとんど無いに等しい微妙な違いに対する議論とかも起きている。一方、ライトノベル自体もジャンプ的世界を小説で展開したという指摘があり、だとすると極めて「ジャンプ的」なキーワードだろう。そのジャンプにおける原点が「アストロ球団」と聞いてこれまた納得。この作品には現在でも受け継がれているジャンプ的なものが、全部入っている。そして現代の異能バトルはほとんど「デビルマン」の影響化にあるという。その是非はともかく、またしても永井豪なのである。そしてその全ての原点は横山光輝の「伊賀の影丸」だという。かなり我田引水的な分析だけど、そうしたマイルストーン的作品を各時代に配して新旧作品のポジションを確認する構成は読みごたえがあった。

この「異能バトル」を解説するにあたり、ジャンプ外にまで引用を求めているのはさすがSTUDIO VOICE。過去にもグラムロックの特集で、プログレからパンク・ニューウェイヴまで”グラム”のタームで括ったりとか、ジャパニーズ・コンポーザーの特集と称して実はアーリー80'sのジャパン・ニューウェイヴ&サブカルチャーの事が書きたかったんだろおまえらとか、視野を広げるというより逸脱が楽しいのがSTUDIO VOICE。私が時折買ってしまうのもこれが一番の理由だったりする。

2007年 鬼太郎イヤーズ

今年は間違いなく「鬼太郎イヤー」。過去4度アニメ化されていてそれぞれ60~90年代版と呼ばれている。以下当時を振り返ってみる。

■60年代版(第1部)
 少年マガジンで連載がはじまりそれが人気を呼んでモノクロでアニメ化。私にとっても初めての鬼太郎体験。よくこの時期を引き合いに出して「怪獣ブームのあとは妖怪ブーム」と言われるが、当時からそれはこじつけ臭いなあと思っていた。とはいいつつ、「ぼくら」や「少年マガジン」誌上をウルトラセブンと共に飾っていたせいか、怪獣ブームとは不可分には考えられないという面もある。

■70年代版(第2部)
 と便宜上区別されるが、前作とは3年しか違っていなくしかも世界観も継続しているため60年版とセットで捉えた方がよい。よく言われるように原作が払底してしまったため、非鬼太郎作品を元としたオリジナルエピソードが半数なのだが、これが功を奏し実に痛烈でメッセージ性の強いエピソードが揃った。
ムーブメント的には鬼太郎ブームというより、懐かしヒーローブームの時期で同時期に多くのリメイクor続編アニメが登場した。

■80年代版(第3部)
 宇宙船や朝日ソノラマを中心に鬼太郎ブームが巻き起こってくるのが80年代前半。その少し前にキングレコードからドラマ編やBGM集のLPも発売され、ウルトラやゴジラ同様少し大人になったかつてのファンが呼んだブームといった感がある。朝日ソノラマからは本家原作の他に悪魔くん・河童の三平や短編集、果ては貸本時代の鬼太郎まで出版され牽引役となる。またビデオソフトの黎明期でもあり、水木映像作品はすぐにビデオ化の波にのった。今回DVD化された60・70年代版はずっとこの時期のビデオでしか見られなかった。
さらに日東化学からも妖怪プラモが発売になったり、実写版まで作成されたりした(月曜ドラマランドとオリジナルビデオ)そして少年マガジン連載開始とともについに新作アニメにつながる。
この3度目のアニメ化作品は、物語も一旦リセット。時代の雰囲気を反映してかライトかつパワフルな世界観が特徴。早い話が筋肉マンやドラゴンボールZのノリで鬼太郎ファミリーが活躍する。アニメ化はうれしかったものの、どうにも乗れなくてじきに見るのをやめてしまった。世間的には歴代最高視聴率をたたき出したらしい。
とにかく周辺の収穫が多くて個人的にはもっとも思い出深い時代。

■90年代版

 この時は具体的なブームがあったかどうかは定かではなく、気が付いたら始まっていたといった具合。おそらくは「ひみつのアッコちゃん」など人気が見込める定番作品の再利用ローテーションの時期が回ってきたのかもしれない。東映アニメーション初のコンピュータ彩色という事であったが、そのせいか深みのある色合いでとても美しかった印象がある。いつか劇場版「銀河鉄道999」のような陰影のある絵で(りん・たろう監督で)鬼太郎を見てみたいと夢想していたものだが、その理想が現実となった感じ。加えてテーマソングを担当した憂歌団もぴったり。最後まで楽しませてもらった。
 声優陣に京極夏彦や佐野史郎を起用したりと、時事的な話題もうまく取り込んでいた。特に憂歌団のメンバー全員が自身の役で声をあてたというのは前代未聞。


そんなわけで今年は80年代に匹敵するくらい収穫が多い年。新作アニメの感想も含めて、2007鬼太郎イヤーを検証するのが今日の趣旨。長い前置きだ。

☆2000年版アニメ(第5部)

昨年暮れから大挙して鬼太郎グッズが巷に溢れ、実写版映画まで製作されるとあって予感はしていたが、やはりその通りになった。放映前に話題になったのは鬼太郎のショタぶりで、始まってすぐに話題になったのは猫娘のロリぶり。どうにもマニア視点というのは(笑)。キャラは90年代に比べて若干可愛らしくなった感はあるものの騒ぐほどショタ・ロリ全開とは思わない。普通に子供に受け入れられるキャラでしょう。
むしろエピソードのが重要で、登場妖怪は過去出現済みの奴が多いもののお話は完全にオリジナル。回によっては「かつて倒したあの夜叉が・・・」というセリフがあったりと、過去のシリーズの続編というスタンスなのかもしれない。

目玉のオヤジ=田の中勇ばかりが言われるが、実はその他の妖怪も極力過去シリーズで演じた声優を起用している。気づいたところでは一反木綿=八奈見乗児、砂かけ婆=山本圭子、そしてぬらりひょん=青野武など。おなじみのキャタクターにも愛着が沸くというものだ。

今や鬼太郎は安定した人気が取れるドル箱のような存在だが、今回のアニメも3部・4部のように長寿シリーズになるといいなと思う。

☆墓場鬼太郎 貸本まんが復刻版 全6巻

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少年マガジンで連載が始まった「鬼太郎」は当初「墓場の~」というタイトルだった。
これがアニメ化と共に「ゲゲゲの~」に変わった訳だが、それ以前に貸本マンガで発表されていた時代があったのは有名。さすがにこれは現役で体験していないが、80年代の鬼太郎ブームの波に乗って日ソノラマから大挙して復刻された事が印象深い。(しかしお金がなくて数冊しか買えなかった。)その後豪華本になったりしたが、今回手ごろな価格とサイズになったのでゆっくり大人買い。
貸本マンガと言えば怪奇マンガがひとつの潮流。この時代の鬼太郎もあまたある怪奇譚のひとつとして世に出た。従って線も荒々しくマガジンでは押さえ気味だった因果応報話や怨念話も全開。マガジン版は当初、この貸本版のエピソードのリメイクという形で執筆されていた。という事は今も子供達に読み継がれているエピソードの源泉がここにある訳で、そのイマジネーションの豊かさには舌を巻く。
ところで過去に昭和50年前後という浮いた時期にとある漫画文庫から貸本時代の水木作品が出版された事があった。あれは何文庫のどんな作品だったか(悪魔くん?)

☆ゲゲゲの鬼太郎 60’s+70’s ミュージックファイル


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60~70年代版の世界観が共通であるのは、その劇伴もいずみたく氏作曲の共通のものが使われているため。過去2回レコード化の機会があり、穴が開くほど聞いたものだった。その後EMIの「ミュージッククリップシリーズ」でCDになったが、今回は完全に収録されてのリリース。素朴でいて豊かなメロディ群。私が鬼太郎を愛してやまない理由のひとつがこの劇伴なのは間違いない。
構成の腹巻猫さんと知り合いのため、資料提供で協力させていただいた。

☆ゲゲゲの鬼太郎1968DVD-BOX ゲゲゲBOX60's 70's

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これまた長年待ち望んでいた商品化。この2作品の実質上初めてのセル専用ソフト。しかもモノクロ版は完全にはリリースされていないので未ビデオ化エピソードは初が二重。長い間レンタルビデオでしか視聴の術がなく、ちまちまと時間をかけて中古を買い漁ったものだった(これらはDVD化が決まったタイミングで一斉にオク出品)。
ブックレットには珍しい資料が満載で、特に70年代版はこれまで皆無といった状況なので読み応えあり。この箱2つでたっぷり1年間は楽しめます。(実際半年かかってやっとこ60年代版が見終わったとこ)こちらも少しご協力。

☆アニメ版 ゲゲゲの鬼太郎 完全読本

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過去4作のアニメを体系立ててまとめたMOOK。言うまでもなく初めての試み。エピソードガイドに妖怪名鑑など特濃の内容。鬼太郎の妖怪は原作とごっちゃで図鑑などが発売された事はあるが、アニメ版のみでまとめられた事はほとんどなかった(特に60・70年代版は)。しかも画面にちょっとだけ映る面子まで拾っていてDVD見ながら検索するのがとても楽しい。
アニメ以外のメディアで展開された鬼太郎もページ数は少ないけど載っているので映像化作品に関してはパーフェクトと言ってもよい内容。とか思ったら発売直後に2000年代版アニメがはじまっちゃったので数年後に改訂増補版になるのは必至。
これだけでもお腹いっぱいなのに、今まで存在しなかった原作マンガの完全リストまで付録についている。サイボーグ009と並んで出版社や年代が多岐に渡り過ぎていて全貌がはっきりしない本作だけに、よく調べたと言いたい。永久保存版にして実に使える労作。

☆蛇足

こんなもんまで出ちまったぜい。どうしよ・・・。

http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=370436X

宇宙船サジタリウス

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およそ1年くらいかけて「宇宙船サジタリウス」をDVDで全話視聴完走した。

放映当時はサラリーマン3年目くらい(1980年代半ば)。ビデオデッキを所有していなかったので、テレビ視聴はリアルタイムで一発勝負の時代。なので、この時期の平日放映ものはほとんど見られていない。当時数話見た程度だけど登場人物のキャラ描写・巧みなストーリー展開・次回への引きのうまさなど非常に出来がよく、いつか全話通して見たいと思っていた作品である。特撮専門誌と思われている「宇宙船」誌が特集した数少ないアニメ番組という点もポイント。

サジタリウスのクルーはみな家庭を持ち、それぞれ笑えないしがらみを背負って宇宙の冒険に乗り出す(というか、だいたい巻き込まれる)。このいやに現実的で所帯じみた”しがらみ”をキチンと描いている点が、本作の秀逸な点(仮にも子供向けアニメ)。

なので、家族の為を思い仲間を裏切るような場面も続出する。逡巡の末最終的には、反省するのがほとんどのパターンなので番組の基本的なスタンスは仲間との友情の方に軸足を置いていると思える。一人身の頃はそれで何も疑問に思う事はなかったけど、所帯を持った身になるとこれはかなり身につまされる。もちろんテレビアニメなので基本的には毎回ハッピーエンドなのだけど、そうとも限らないのが現実。自分だったらどうするだろうか、と毎回考えさせられてしまった。

ちなみに一人だけ異星人のクルーであるシビップは、しがらみとは無縁な無垢なキャラクターとしてバランサーのような役割を与えられている。であるが、そのシビップですら業務には何の役にも立たないというエピソードが用意されていて容赦が無い。これは一見クールに見えて、誰も完璧な人などいない、ひいては、必要のない人はいないんだという前向きなメッセージでもあると言える。放映時期がバブル期だった事を考えると、これはかなり先見性のある思想を持った作品だったんじゃないかな。

ところで、DVD箱を買ってもなかなか全話見られないという悩みをよく聞くけど、1話ずつ番組を毎週放映している気分で見ていけばいつか完走できると思う。これなら、4クールものなら1年で見られる。

写真は1stガンダムの設定だけに終わった幻のMS。最近、このHGが出た。大学の頃、こいつらのプラモ買いにいって小学生とケンカしたなあ・・・。

コンビニコミックについて知ってる2,3の事柄

■重機甲兵ゼノン

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 先日みかけて「お、なつかしーじゃん。」と思って買ってみた。ただし懐かしいと言っても当時連載誌(少年ビッグコミック)を読んでいた訳ではなく、なんとなくその存在を知っていた程度。余談だけど少年ビッグコミックってビッグコミックの少年版と思いきや、「まんがくん」の系列なんだってね。で、後にヤングサンデーに進化したと。

 さてゼノンだが、80年代半ばに連載されてほとんど打ち切りに近い形で終わったらしい。現在は”早すぎた傑作”という評価を得ているようで、なるほど一見サイボーグヒーロー物に見えて、その力の本質は己の肉体に依存するというハイブリッド感覚は「鉄男」「アキラ」あたりの感性を先取っているようにも思える。ただ、肝心のゼノンのビジュアルが今イチ魅力にかけるのが難。リアルさとストイックさの追求なのかもしれないが。時期的にリアルロボットアニメ全盛期以降でもあるので敵メカはパワードスーツであるとか、女の子のファッション・無理矢理盛り込んだラブコメ展開・ありえない好き好きぶりとかの80年代テイストが実に懐かしい。ところでこの人の絵は士郎正宗氏に似ているなあ。

 実はこの著者・神崎将臣氏と少しだけ縁があった。打ち込みで音楽を作り始めた89年頃は「SFX巨人伝説ライン」という自主制作の巨大ヒーローの音楽を作ってたのだけど、この頃自主制作の特撮映画をビデオ販売するというビジネスを立ち上げた「アルサ」という会社があった。「ライン」は当初その会社からリリースされた訳だが、同時期に販売していたビデオが「RED」という等身大ヒーローもので、このキャラクターデザインを神埼氏が担当していた。検索かけても多分出てこないと思うので、この機会にビデオパッケージも貼っておこう。もしかすると神崎氏のキャリアでは無かった事になってるかもしれないけど、レアなのには間違いない。個人的には「ライン」の記憶とともに芋ヅル式に出てくる懐かしい作品。

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 ちなみに「ゼノン」はこの9月に創刊された新生「COMICリュウ」復活記念で出版されたらしい。ちょっと錯覚したけど「ゼノン」と「リュウ」はもともと全然関係なくて、新作が「リュウ」に連載されているだけの話。さてこの「COMICリュウ」ですが、これまた懐かしい名前。「アニメージュ」増刊のマンガ雑誌として刊行され、安彦良和氏の「アリオン」や石森の「真・幻魔大戦」なんかが載ってた。同時期アニメージュコミックスも創刊され、かつて「テレビランド」などで連載されたコミカライズ作品がどんどんまとめられていったりもした。そう言えば”特撮専門コミック”なる「ハイパーゾーン」なるシリーズも何冊か出ていた。第1号はバトルフィーバーロボの表紙もカッコよく期待したけど中身は今イチだった。

 そんなわけでもののついでに新生「リュウ」創刊号も買ってみた。押井守氏の「立喰師列伝」番外編DVDが付録で、このための撮りおろしというのがすごい。これだけでかなりお買い得感がある。他に最近第2の黄金期を迎えつつある吾妻ひでお氏の「不条理日記2006」など。新生「リュウ」は月刊誌のくせに背とじという装丁で、この体裁の雑誌に「不条理日記」が載っていると否が上でも「劇画アリス」を思い出す。

 この「劇画アリス」という雑誌は(キリが無いのでこの辺で)

■本当にいる世界の「未知生物」案内

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 まだUMAなんて言葉もない昭和40年代の少年雑誌には頻繁にこんな企画が載っていた。あるいは映画やテレビの怪獣と抱き合わせで怪獣図鑑に平気でのっかっていた奴らもいた。例えば”写真で見る世界シリーズ”の「怪獣画報」や「世界の怪獣」が代表的なそれ。いるかどうかもわかんないのに、何が写真で見るなんだろうか(笑)。だが、映像作品の怪獣の絶対数がまだ少なかったゆえ、UMAや恐竜とも幸せに共存できた時代の産物でもある。時代が下って特撮・怪獣マニアとUMAマニア、および恐竜マニアはどんどん細分化していくのだけど、我々の幼少期はこれらを全部同じアンテナでキャッチしていた。UMA関係は、その後雑誌「ムー」や大陸書房などの1ジャンルとして受け継がれ今に至るわけだ。

 恐竜マニアやUMAマニアには、よく誤解されるせいか特撮・怪獣マニアとは違うという事を強調する人がいるが、この著者はあからさまに特撮の影響をほのめかす。随所に有名・無名怪獣の名前や特撮番組の引用が見られるのだ。これは、UMA関係の本では珍しい部類だと思う。本書には古今東西のメディアに登場したUMAがほぼ網羅されている。古典的な奴らはその近況を追い(たとえばネッシーなら、写真が捏造だったという最近の事件まで)、21世紀になった今でも付け加えられる新種がいるのがちょっぴりうれしい。いかがわしさ満点の表紙の装丁とは裏腹に、眉唾なものは「これはいないんじゃないか」とあっさり切り捨ててるところが意外。

 著者は昨年「放送禁止映像大全」を著した人。この本ですが問題のない作品までさも放送禁止になっているような扱いをしていたりと、事実関係の掘り下げが今イチ甘くヲタク筋には評判があまりよくない。でもそんな本を書いた人がUMA好きというのはなんかちょっとうれしくなる。

 ちなみに版元の笠倉出版社は昨年の夏も同じような本出してたな。

■あんど・・・

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今年は出さないのかよ、コラ>小学館(写真は2004年と2005年に出版されたもの)

ガイキングの必殺技は?

 先週の土曜日からガイキングが復活した。最近のロボットアニメはコムツかしくてついていけない(「ファ○ナー」とか「エウ○カセブン」とか)おさーんにも優しい正統派ロボットアニメです。

で、旧ガイキングと言えば現在はやたら「フェース・オープン」が有名であるがあれ必殺技じゃないんだよね。ただ外装がはずれて内部構造がむき出しになるだけの機能。じゃガイキングの必殺技って何だったっけ?と思っていたところ、今回の新作が思い出させてくれました。「ハイドロブレイザー」。

でも、どんな技だったか。うーん、思い出せない。

もうひとつの「超人球団」

現在一部で絶賛放映中の「アストロ球団」ですが(この場合”一部”は”絶賛”にも”放映中”にもかかる)、球一がホージーにしか見えないとか球七以外はイマイチキャラが薄いとか、いろいろ問題は多いものの昭和47年当時の風俗をマメに再現している点にまずは好感がもてます。昨日は「東京ボンバーズ」が出てきたが、ちょっと違和感あり。

さて「アストロ」がジャンプに連載されていた当時、少年マガジンにも似たような設定のマンガが連載されていた事を思い出した。作者は本宮ひろし、マンガのタイトルは「群竜伝」。本宮氏のマガジン連載自体かなり珍しい。内容は検索かませば出てくると思います。確か背中に竜の刺青のある9人の仲間を探し、”超人球団”を作ってプロ球界に殴りこむというもの。作風が違うので当然印象もかなり違いますが、この設定はかなり近い。

ここで気になる連載時期を調べてみる。

群竜伝 週刊少年マガジン 1972年19号~1973年15号
アストロ球団 週刊少年ジャンプ 1972年39号~1976年26号

こんな近い時期に似た設定の野球マンガが世に出ている事がおもしろい。一部ではパクリ疑惑も出ているようだが、この際そういう邪推はやめておこう。

「群竜伝」は本宮マンガとしても野球マンガとしてもマイナーな存在で、当時のマガジン誌上でもあまり目立つ印象ではなかった。もっとも当時のマガジンには、「ジョー」あり「デビルマン」あり「バカボン」ありとまさに群雄割拠の時代で、さしもの本宮氏をもってしてもここから抜け出すのは至難だったか。最後は覆面球団(実は当時のプロ野球のオールスターチーム)に大差で勝利しどこかに旅立つというもので、面子探しに時間をかけた割には尻すぼみな印象を受けた。もしかすると打ち切りだったのかもしれない。

ところでこの夏コンビニで売ってた「ゴッドサイダー」を一気読みした。国や宗教はおろか次元までもまたがって描く「神と悪魔」の戦いという壮大なスケールの作品だが、そういう設定らしさを感じるのはキャラの属性だけで、やってる事は「魁!男塾」とか「ドラゴンボール」とか「リンかけ」と変わらない。つまりはこれもまたあの頃(80年代中期)のジャンプ風味マンガなのだ(それ以上の訳のわからん魅力もあるが)。しかもテイストがかなり「アストロ」に近い。もしかすると「アストロ」は一世を風靡した80年代ジャンプ風味マンガのルーツなのではないかと思いつつ、コロコロ変わる次週の録画開始時間を気にする今日この頃である。

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