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January 2008

マンガ関連本3題

年末から年初にかけてマンガ関連の本を立て続けに読んだので、その感想など。マンガそのものではなく、それをテーマにした活字に耽溺するというのもなかなかへそまがりな行為です。

■ガロを築いた人々―マンガ30年私史/権藤晋

図書館でまとめ借りしたうちの一冊。ガロとのかかわり初めと言えばやっぱり「ねじ式」になるんだろうけど、現物を読んだのはかなり後だと思う。いしかわじゅんのパンクドラゴンに出てきたパロディ(「医者はどこだ?」)が当初理解できなかったので、少なくともそれ以降でしょう(70年代終わり頃)。それから朝日ソノラマのサンコミックスの「鬼太郎夜話」、小学館文庫の「カムイ伝」などと続く。というか、積極的にそういうのを選んでいるのでガロ的なものは体質にあってるのは、まあ間違いない。

本書はファンから青林堂の社員になった著者が、ガロに関わった人々をつづっていくという内容で、単なる作品論にとどまらずその頃の生活や人となりが垣間見えるような描写が大変面白い。90年代中頃まで存在していた訳だけど、やはり60年代後半から70年代前半あたりが伝説的に伝えられているわけで、それは流石に私もリアルタイムではない。マンガ界のインディーズ・レーベルというイメージを持っているんだけど、この頃ガロは水木プロダクションと密接な関わりがあったようで、実はかなり商業作家がウェイトを占めていたのかもしれない。あるいはインディーズ色が強くなるのはもっと後で、当時は商業作家が一般の週刊マンガ雑誌などには向かない作品を発表する場だったのかもしれない。だから原稿料がタダというのは有名な話だけど、もしかするとこの時はちゃんと支払われていたのかもしれない。

リアルタイムの記憶と言えば、90年代に入って初台に事務所を移した頃の事。当時はこのあたりはソフトウェア関連の大小さまざまな会社が密集していて、私は”日本のシリコン・バレー”などと呼んでいた(そしたらその後世間的に「ビットバレー」などとはしゃぎだしたのは苦笑しましたが)。その一群の中にツァイトという会社があった。ここは「ねじ式」のパソコンゲームを出していた。(当時はNECの98ノートが主流なので、それ用。もちろんDOSで動く)。このゲーム、「ねじ式」が載ったガロの復刻が特典という実に豪華なものだった。それで会社名を覚えていたら、後に青林堂がツァイトの事務所に移ってきて驚いた。どうも青林堂のオーナーになったらしい。また、現在は中野ブロードウェイに店を構えているビレッジ・バンガードのようなサブカルショップ「タコシェ」は、ツァイトと青林堂が立ち上げた会社で、当時は高円寺にある「マニュアル・オブ・エラーズ(マニュエラ)」という中古レコードショップと同居していた。このマニュエラは京浜兄弟社というインディーズ・レーベルが始めたお店で、こっちも意識していた会社だったのでそこともつながってしまいまた驚いた。こんな風に甲州街道の向こう側で起きていた事を横目で見つつ、立ち上がったばかりの自分の会社の事であくせくしていたあの頃の私。当然ネットはまだなくパソコン通信が主流の頃、今では珍しくもないITとサブカルチャーのリンクの草分け的なお話。

■ユリイカ 2007年9月号 特集 安彦良和
ユリイカ 2007年9月号 特集 安彦良和
私にとって安彦氏はガンダムやコン・バトラーVのキャラデザの人という以上の認識はない。もちろん「アリオン」や「ガンダム The Origin」を執筆しているという事実も知っているけど、それにしても何でユリイカで取り上げるのかと思い、これまた図書館で借りてきた一冊。そしたら安彦氏はとっくの昔にマンガ家専業に転身していて(知らなかった)、今特集はマンガ家・安彦良和を重点的に堀り下げるものだった。

印象に残ったのは、繰り返しでてくる2つの話題。ひとつはいしかわじゅん氏に批判された事に単行本の後書きで反論をした件。こういう素直な反論(というか、批判に腹を立てただけ?)はあまり見た事がない。そこにかえって純粋なものを感じた。

もうひとつは、氏も学生運動を挫折してアニメ業界に「転向」したという指摘。したがって全体にイデオロギー的な観点で作品を論じている部分が多く、おまけに最近の著作も歴史ものが多いとあってさらにこの観点は相性がいい。加えて冨野義之氏や宮崎駿氏・押井守氏まで引き合いに出して、学生運動転向組が現代のアニメの基礎を作ったみたいな着地点になっているけど、それどうでしょ。この年代(所謂団塊の世代)の方で学生運動にかかわっていた人達が重要なポジションを占めているのは他の業界にも普通にあるような気がする。単に年代的な問題だけではないのかな?

それにしても現代の「おたく」は、最近のアニメの諸作品(「エヴァンゲリオン」「甲殻機動隊」など)を通じて政治ヲタクになっているらしい。私たちが遊んでいた世界は、イデオロギーとは無縁な世界だった(「ヤマト」は関連が早くから指摘されていたけど、どうでもよい話だった)。小学生くらいの頃テレビで機動隊と衝突したり学校に籠城したりする大学生の映像を見て「大学生になったらこんな事しなきゃいかんのか。めんどくせーなー。」とか思った私なので、今でもその感慨はあまり変わらない。

■スタジオ・ボイス 2008年2月号 特集 [少年ジャンプ]というジャンル!
STUDIO VOICE (スタジオ・ボイス) 2008年 02月号 [雑誌]
スタジオ・ボイスって一般にはかなりスタイリッシュなカルチャー誌と思われているけど、突発的に私の琴線に触れてくる特集を組んだりするので油断ならない。最初に買ったのは以前の劇場版「エヴァンゲリオン」公開に合わせたアニメ特集。それからグラムロック特集やら日本映画特集やら日本の作曲家特集やら、この無節操なとこまで好み。今号は久しぶりに財布の紐がゆるんだテーマ。ありそうでなかった「ジャンプ的」なものを分析する。

私は影響を受けたという点でも慣れ親しんだ期間という点でも、圧倒的に少年マガジン派になる。ジャンプは創刊も先行の当時の3大誌(マガジン・サンデー・キング)から遅れたため、チャンピオンとならんで2番手的なイメージになる。しかし、周りで読んでいる人が多かったり喫茶店に置いてあったりと、買わなくても手に取る事が容易だったためかかなりの作品を読んでいる。他4誌と一線を画すのは、よく指摘されるように雑誌全体で戦略的にマンガのカラーが決定されている事。そもそもマンガというのは原作者の創造する知的著作物であるはずであるが、ジャンプは雑誌全体の戦略から「製造」される娯楽である点が大変興味深い。「ジャンプ的」という言葉は、そうした背景から生まれてくる。

印象に残ったキーワードが2つある。その1つが「自壊」。まともに読んだ事なくても、「幽々白書」の打ち切りの話は知っている。以来「自壊」はジャンプらしさのひとつになったそうだが、実はそうした観点で見れば多くの作品が自壊しているという。その原点が「ハレンチ学園」と聞いてなるほど納得。一般にはスカートめくりやらのぞきやら過激なエッチまんがと思われている(あくまで当時は。今では小学生でも笑えないと思う)が、途中で「ハレンチ大戦争」と称して学園が壊滅状態になり主要登場人物が一旦全滅するという展開となった(もちろん最終回ではないので、後に生存が確認されたり再登場したりする訳だが)。確かに当時この展開には唖然としたものだった。ただし、現在の自壊が成り行き上という感が強いのに比して、たぶんに戦略的ではあるけど。どうもあまりに激しいPTAのバッシングに対し、自ら一旦積み上げてきたものをご破算にしたかったらしい。考えてみれば永井豪と赤塚不二夫は自らの作品を、内部から破壊する事が多かった。マガジンに載っていた「キッカイくん」などは、タイトルが破壊されたために永井キャラが大挙して押し掛けてきたなどという今では絶対考えられないエピソードもあるし。赤塚は言うに及ばず。

もうひとつ印象に残るのが「異能バトル」。リンかけもDBもジョジョも筋肉マンもすべてこの「異能バトル」の系譜に連なるという。この聞きなれない言葉、調べてみたらライトノベルの世界では常用されているみたい。ただしググっても明確な説明も見当たらないし、門外漢にとってはほとんど無いに等しい微妙な違いに対する議論とかも起きている。一方、ライトノベル自体もジャンプ的世界を小説で展開したという指摘があり、だとすると極めて「ジャンプ的」なキーワードだろう。そのジャンプにおける原点が「アストロ球団」と聞いてこれまた納得。この作品には現在でも受け継がれているジャンプ的なものが、全部入っている。そして現代の異能バトルはほとんど「デビルマン」の影響化にあるという。その是非はともかく、またしても永井豪なのである。そしてその全ての原点は横山光輝の「伊賀の影丸」だという。かなり我田引水的な分析だけど、そうしたマイルストーン的作品を各時代に配して新旧作品のポジションを確認する構成は読みごたえがあった。

この「異能バトル」を解説するにあたり、ジャンプ外にまで引用を求めているのはさすがSTUDIO VOICE。過去にもグラムロックの特集で、プログレからパンク・ニューウェイヴまで”グラム”のタームで括ったりとか、ジャパニーズ・コンポーザーの特集と称して実はアーリー80'sのジャパン・ニューウェイヴ&サブカルチャーの事が書きたかったんだろおまえらとか、視野を広げるというより逸脱が楽しいのがSTUDIO VOICE。私が時折買ってしまうのもこれが一番の理由だったりする。

2/13のWindows UpdateでIE7日本語版が自動更新されます

タイトルの様な情報が入ってきました(情報提供感謝です)。現在マイクロソフトで正式にサポートされているバージョン以上のWindowsでは定期的に自動更新が行われていると思います(右下に盾のマークが表示され、クリックすると自動更新されるというアレです)。2/13に送られてくる更新で、インターネットエクスプローラー(IE)のバージョンを自動的に6から7にあげてしまうそうです。ソースは以下。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20071219/289787/?ST=itproexpo

現在Windows-XPで普通にネット見ている人はまずIE6です。IE7になると操作性がかなり変わるので、積極的に覚えたいという人以外はIE7への自動更新をさせないようにする事をお勧めします。そのやり方は上記のリンクからたどれるマイクロソフトのサイトにも書いてあります。以上、情報まで。

システム開発者にとっては結構重大な話。つか、こういう事をこんなにシレッとやられちゃう事にちと驚く(^_^;;;;;;)。

円谷怪獣倉庫を見学(1/12)

円谷怪獣倉庫を見学(1/12)

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新年初日記なので、遅いけど一応ご挨拶。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

さて、昨日(1/12)そぼ降る雨の中を祖師ヶ谷大蔵の円谷プロダクション旧本社オフィスに特撮仲間と行ってきた。目的は「怪獣倉庫」見学。円谷プロのファンクラブの企画に当選したのだ。

円谷プロに怪獣倉庫が存在するという事は、それこそウルトラマンを本放映で見ていた頃にはもう常識のように知っていた。おそらく少年マガジンか何かの雑誌からの情報だったのだろう。その後、何度か映像にも登場したり雑誌で特集されたりするのだが、いつしか憧れの聖地になっていったのは言うまでも無い。そんな聖地にとうとう足を踏み入れる事が出来た。

敷地はもう半分になっているらしく、最後に残った2棟のうちの1つの2階分部が全部倉庫。そこは想像していたような汗とラテックスとシンナーの匂いに満ちた作業場然とした空間・・・などではなくきれいに整備された展示空間と化していた。(ちなみに現在使用されている怪獣倉庫は八幡山にあるという)

入り口にはウルトラマン数名がお出迎え(パワード・セブン21・ティガ・ガイア・80・ゼアス)。ガラスケースにはヘルメットや武器などの小道具、そして当時から残っているチビラくんファミリーのヘッドがずらり。貴重過ぎる。

圧巻なのは壁一面をガラスケースにしてずらりと並べたメカのミニチュア群。その数100機はあったろうか?古くはホーク1号・マットアローなどから最近のGUYSメカまで。体が震えた。

そしてメインの怪獣ども。基本的に最近作の怪獣やリメイク怪獣なのだけど、中にはかなり古いものもあった。以下は昭和時代のもので当時から残っていると思われるやつら。ほとんど残骸に等しいのもあるが、貴重である事には変わりない。

デビロン、ダイゴロウ(幼体)、モスゴジラ、ファイティングベム・ザビデン・アンドロメロス頭部

約30分くらいの見学を終えて、1階部分に通される。奥の映写室で10分ほどのフィルム上映。その映写室というのが由緒正しき円谷プロの試写室なのである。かつて円谷英二が怖い顔して仕上がりをチェックしたというあの試写室。そこでメイキングの歴史を中心とした編集フィルム。これは見た事がない。

満田かずほ監督も参加していて、LPレコード(キングのSF特撮TV音楽全集のミラーマンとマイティジャック)にサインしてもらったり一緒にビデオに映ったりした。円谷プロの社員のお姉さんとも談笑したりして、短い間だったが楽しく充実した一時だった。

その後はせっかく砧に来たのだからと、雨の中遠回りして東宝撮影所・日曜大工センター(旧大プール跡地)を回り成城学園前まで歩く。そしていつもの様に新宿で飲み倒す。

昨年は日経新聞にも広告が載ったように、円谷プロはTYOグループの参加となった。その新社長の発言があまりに経営寄りであったため物議を醸し出したりもした。それがそのまま新作及びこれからの円谷への危惧にもなっているが、我々がかくも長きに渡り愛してきたその理由を分かって欲しい。そんな願いを込めて祖師ヶ谷大蔵を後にした。

最後に怪獣倉庫を確認できる映像作品を網羅。

・ウルトラファイト「怪獣死体置場(モルグ)」・・・セブンの12話を編集した1話が欠番となったため、再放送時に取り足した1本。当時の怪獣倉庫内でゴモラとウーが格闘するだけの映像だが、帰りマン怪獣等の本物が映っているのが今となっては貴重。1971年の映像。

・私が愛したウルトラセブン・・・NHKで放映されたセブン製作当時の再現ドラマ。市川森一脚本。最近ハリウッド御用達となった田村英里子がアンヌを演じる。1993年の映像。

・シュシュトリアン「ウルトラマンに会いたい」・・・東映製作の番組にして舞台が円谷プロ本社という奇跡のような冗談のような1エピソード。黒部進が怪獣倉庫のおじさんとして登場。1993年の映像。

・ウルトラマンになりたかった男・・・武田鉄也扮する着ぐるみ役者が、CG化を無理矢理推し進めようとするハリウッド帰りのSFXマンに対し伝統のアナログ特撮を守ろうとするという昨今の円谷事情を予見したようなお話のテレビ特番。ほんの少しだけ映る打ち合わせシーンの場所が怪獣倉庫と思われる。1993年の映像。

・ウルトラの揺り籠・・・桜井浩子、庵野秀明、小中和哉、原口智生、樋口真嗣が怪獣倉庫で座談するコーナーあり。等しく「憧れの地」とのたまう。2003年の映像。

・ウルトラマンマックス#24「狙われなかった街」・・・実相寺昭雄監督作品にして正統なウルトラセブン「狙われた街」の続編。最近ではメジャーになって狂言回しなどに重宝がられているメトロンの復讐編なのだが、潜伏先が怪獣倉庫という現実とフィクションの境目が曖昧な1本。メトロン復活に際し実際の職人さんが針で縫うという実にアホな演出。2005年の映像。

<未確認情報>

・恐怖劇場アンバランス#13「蜘蛛の女」・・・円谷プロの怪獣倉庫で蜘蛛を育てていたという記述を発見。アンバランスは全話DVDで揃えたいのだが、未だ未入手。

他にも何かの特番で満田かずほ監督が怪獣倉庫の奥のエレベーターで地下基地に下りるという映像を見た記憶がある。他にもあったら情報よろしく。

写真は左が円谷プロ外観。右が祖師ヶ谷大蔵駅前のウルトラマン像。

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