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December 2005

12/24「チキンリトル」

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お茶すら落ち着いてできないイブの渋谷に見に行ってきました。実はピクサー物は嫁さんが好きな事もあり、ほとんど見ている。もともとディズニーものは幼少の頃から馴染みがある事もあってかなり好きな方で、「ピノキオ」や「ジャングルブック」などは私の中では、東映の長編動画と同じくらいのポジションにあるマスターピース。でもアニメ大作がファミリープログラムとして復活してからは「アラジン」以降全然食指が動かない。明らかにピクサー物のが求心力は強い。

冒頭「さて、どんなオープニングにしようか」と様々なパターンを提示。「ライオンキング」風なオープニングで「ダメダメ!パクりは」と、のっけから笑かしてくれる。言うまでもなく、あの「ジャングル大帝」疑惑を確信犯的にほのめかす大胆さ。

かように今回の「チキン~」は、いつもどこかお行儀の良いディズニーにしてはかなりな毒気をはらんでいる。これドリームワークスの「シュレック」及び「~2」が、ピクサー物に中指をつきたてるがごとくキョーレツな毒気を放っていたのに対してのアンサーとも思える。やっぱり大人の目ではなくて、「悟空の大冒険」とか「花のピュンピュン丸」とかが好きだったメンタリティそのまんまに大きくなっちゃったガキ大人の目として明らかに「シュレック」の方が楽しいのだから。そういう意味で非常に今回の「チキン~」はキレがあった。有名無名ロックナンバーをフィーチャーしたり(REMまで入ってたのは驚いた)、エンディングを「ふたりのラブソング」でキャラが踊るなども、これまた「シュレック」の得意芸なんだけど、ピクサーはどうやらディズニー本部からのコントロールからかなり自由なポジションにいるようだ。

写真はロビーのチキンリトルくんと来年公開「小さき者達」のガメラくんの2ショット。特撮ファンの間で公開されている写真があまりに亀亀しているので物議をかもしだしているガメラくんだが、ここまで違和感なくディズニーキャラと同居してしまっていいのか。

しっかし、いついこーかな「セイザーX」・・・。

時間よとまれ

毎年(というかここ10年くらい)、12月の第3土曜はNifty で知り合った特撮仲間が集まる日。年末に公開になるゴジラ(ある時期はモスラ)の初日に駆けつけるためだ。Nifty 時代はオフとして開催されていたものが、パソ通が下火になるにつれいつしか有志による集まりに変わっていった。今年も多分みんなこの日は空けてあるだろうという事で、忘年会もかねて招集がかかる。今年はゴジは無い代わりに、東宝特撮として「セイザーX」がある。ただいつもの日劇ではかからない上他にも封切り作品があって分散が予測されるため、夕方の集合となった。で集まった後確認したんだが、事前に映画を見てきた人は皆無(笑)。ゴジラが無いといかにモチベーションが下がるかがよくわかる。ちなみに私はモスラの3年間も、一度も劇場行っていない。しかし、いつ行こうかな、つーか行くのかなオレ「セイザーX」。嫁さんとは「チキン・リトル」行く事なってるし。ピクサー物は何気に全部制覇。

「仮面ライダー響鬼」の劇場版DVDが発売中止になったらしい(ただし、2種あるうちの特典付き豪華版の方)。予約が殺到し特典の歌舞鬼ソフビの生産の見通しが立たず、かような事態になったそうで。ゴタゴタ続きの響鬼であるが、そこまで予約が来たというのは正直意外。DVD箱についてくるフィギュアって、一番いらんのにとかって思う私には特に。だいたいこういうマニアな商品を買い求めるユーザは大概部屋には大量にソフトが死蔵してあって、収納場所に困ってるだろうに。だからかさばらない商品仕様であるほど、ありがたいと思うのだが。いらんと言えば、初回限定とか言ってCDにくっついてくるDVD。かさばるばっかしであれもいらんなあ。どうせプロモ程度の内容だし。だいたいこういうリスナーは大概(以下同文)。うちはよほどの事がない限り何でも「スタンダード・エディション」。

夏に開催された「ライブ・エイト」のDVDをヨドバシで貰う。20年目の「ライブ・エイド」を標榜したこのイベント、規模的には前回にひけをとらないのにも関わらず、この盛り上がらなさは一体なんなのか?ニュースも夜にチョロッとやった程度。周りの音楽ファンでも、知ってる人はほとんどいなかった。とにかく目玉はウォーターズの戻ってきたピンク・フロイド。我が家で人気のシャキーラも入っている。見たらまたなんか書こう。

私の周りではみんなが時間がないと嘆く。録画を消化できない、買ったDVDがCDが消化できない。できなきゃ録画しなきゃ、買わなきゃいいじゃん。そう思うわけ。ものすごい簡単な事。今や整理する能力が問われている時代。メールやインターネットのない時代、我々の生活は今より確実に不便だったはず。イベントの連絡はいちいち電話かけるか手紙出すか。欲しいものがあったら歩き回って探すより他ない。録画だってそうだ。HDDでなくビデオテープだった時代、常に生メディアを備蓄しなければいけなかったし。その前に至っては、リアルタイムでテレビ見るしか手がない。iTunesもレンタルも無い時代、音楽はレコード買うかエアチェックするしかなかった。今はこんなにも便利で手軽なのだぞー。それでいて、なんでみんなそんなに時間が無いのか。不便でなくなるという事は、インプットの制約が取り除かれていく状態。そこに何も制限をしないから、どんどん入ってきてしまう。整理とともに制御も必要な時代なのだ。

忘年会ラッシュ。昨年は仕事に埋もれて1度しかいけなかったけど、今年は酒さめる暇もないほど肝臓もフォアグラ状態(人の受け売り)。流石に体ももたないし嫁さんも不機嫌になるので、二次会までいく事は今は稀。11月は引越し・入籍と続いてキリキリ舞いし、ようやく落ち着いたと思ったらこうだ。いろいろやりたい事あんのになー。あー時間が欲しい・・・あれ?

酒の誘惑の制御はきかないオレなのであった。

さよなら、夢ロマン

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新宿3丁目にあるパブスナック「夢ロマン」が今月20日に閉店する。25周年になるという。

最初に行ったのが独立直前だったので昭和63年頃。ほとんど平成の年号と同じくらい、ここに通ったわけだ。最近は流石に年に数えるほどしか行けなかったけど、ほとんど毎日通っていた時期もあった。バブルの頃は住んでいた町田に帰宅できず、仕事場からタクシーでここまで来てちょっと飲んでカプセルに泊まるという日々を繰り返していた。

まだカラオケボックスもほとんどなかった頃、アニメや特撮のカラオケが歌えるというので知人に誘われていったのが最初。以来、一人でも大勢でもよく通った。一番歌ったのは「美しき狼たち(あしたのジョー)」。そういう訳でヲタク筋には結構有名な店でもある。また、アニメ・特撮業界人や出版関係者もよく来るらしく、僕も何人か有名人に会った事があった。

絵描きのマスターややさしいママさんやチイママさんはずっと僕の人生の師でした。初台に越してきたのも、ママさんがこの地を薦めてくれたから。バブルはじけてからスナックは軒並み打撃を受けたが、このお店もやはりご多聞に漏れず。それでも、今日まで続けてきた事は尊敬に値する。閉店に当たってママさんは「景気が上向いてきたこの時期だからこそ、上り坂で止めようと思って。」と。その心意気だ。

20日はDJの追ちゃんと飲む予定なんで、帰りにも一度寄るかな。

惑星大怪獣ネガドンを語る

先日CSで放映された「ネガドン」の録画を見せてもらった。劇場公開が引越しの時期と重なり行けず悔しい思いをしていたので、大変助かった。

噂に違わぬクオリティとディティール。凄い凄い。人物がウゴウゴルーガだなあ、ネガドンは円盤獣だなあ、何もおっさんの汚い皮膚感まで克明に再現せんでもいいだろうに、などとわいわい言って見てるうち何か体温が下がってくるのを感じた。そのうち悪口をいいだした。それは自分でも気持ちのいいもんじゃなかった。

何だろう?この違和感は?これは特撮なのか?何故これを見てきた人たちは、ああも手放しに賞賛するのか?いや、確かに一人の作業でこれだけの映像を作った事自体は賞賛に値する。だがネット上で「こういう映像が見たかった」とか「古き良き昭和特撮」とかそういう言葉が踊ってるのを見るにつけ、なんかいやな感じが湧いてくる。

この違和感が何なのかを考えてみた。それは特撮ファンダムが成立しはじめた1970年代半ばにあった黄金期の東宝特撮映画と第一期ウルトラシリーズ以外は語るに値しないとする価値観、それに対して抱いた反感と同じ感触だという事に気がついた。

「ネガドン」はそうした価値観をそのまま抽出して結晶化させたように思えてならなかった。無論製作者にはそんな意図はなかったであろうに。でもネット上の大多数の反応は、その頃の価値観と余り変わっていないように思う。おそらく鑑賞時の拒絶反応は、過去に抱いた思いが反射的にわきあがってあのような表現になってしまっただろう。

ネガドンやミロクのデザインは、明らかにリアルロボットアニメ以降のデザインセンスでノスタルジーをかきたてるものでもない。そこに昭和という時代のにおいを感じたのならば、それは錯覚だと思う。ドリルにだまされてるだけだ(笑)。「裾野を知ってこそ、その高さがわかる」と言う。裾野に数多横たわる特撮を見ずして「これが最高」と言い切る事の安易さに反発を感じるのだ。

いいところも書いてあげたいが、今のところ思い浮かばない。今度またゆっくり一人で見てみよう。DVDも出るらしいし。

単純に比較はできないけれど、特撮あるいはその周辺のインディーズ映画でかつてものすごい衝撃を受けた作品があった。それは塚本晋也監督の「鉄男」。今は無き中野武蔵野館で見たわけだが、その時は頭の中が真っ白になった。「ネガドン」は残念ながらそれほどの衝撃は無かった。でも、劇場のあの場で見てたらまた印象は違ったかも。

みんなジョンの事になると

今年もあの日がやってくる。世界中の人が逝去した一人の英国人ミュージシャンを悼んで思いをはせるあの日、12月8日。今年は25周年という事で、いつにも増してジョン、ジョンとうるさい。

僕がビートルズを認識しだしたのは深夜放送を聞き始めた頃で、ビートルズ解散からほんの数年後のこと。その頃の中高生は、通過儀礼の如く先輩や友人の影響でビートルズの洗礼を受ける。かくいう僕もそうで、友人に誘われて劇場まで足を運んで3本立てのリバイバル公開を見たり、小遣いで赤盤(洋盤)を買ったりもした。(今から思えばソフト未発売の「レット・イット・ビー」はそれが貴重な鑑賞体験。)でもなんかスルーしてしまった。音楽に関わる多くの人が未だにビートルズの影響を語るけれど、僕にはそれがない。その後メンバーはそれぞれ独自の活動を展開していくが、僕にとっては70年代を彩るミュージシャンたちの中の4人という以上のものはなかった。

1980年秋、ジョンは久々のニュー・アルバムをリリースする。それが「ダブル・ファンタジー」。それまでジョンというと軽井沢にお忍びできたとかそんな話題ばっかりで、リアルタイムでアルバム発表に接したのは多分「ダブル・~」が初めて。FMでは「Starting Over」が盛んにオンエアされていた。長い隠遁生活を経て再び音楽活動を開始したジョンの、文字通りの「再スタート宣言」は力強いメッセージに満ちた好ナンバーで僕も気に入っていた。

だが当時の仲間の間で話題になったのはヨーコの「kiss,kiss,kiss」。曲中に撒き散らされたあえぎ声と「抱いて」に、アホな大学生どもは下世話な妄想をかきたてた。もしあの事件がなければ、このアルバムのポジションはもうちょっと違ったものになってたろうに。

そんな年の暮れの夕方、実家に帰宅した僕に母が「あんたのよく知っとる人が死んだよ」と。最初友達か知人かと思ってテレビを見ると、ジョン凶弾に倒れるの報道。その頃は寝るまでFMを聞いてエアチェックする事が日課だったけど、その日のプログラムはジョン一色。かくして我々にとってはエロアルバムだった「ダブル・ファンタジー」は、遺作という重みを持つ歴史上重要なアルバムとなった。

その年は成人したり実家を出たりと個人的に変化が相次いだりもした。そしてジョンが凶弾に倒れる数日前に、愛して止まなかったレッド・ツェッペリンがひっそりと解散した(当時はそっちのが大きな事件)。ジョンの死は僕にとって「70年代の終焉」を徹底的に思い知らせるものだった。それはまた「十代という時代の終焉」でもあった。

今でも「ダブル・~」を聴く時は、ヨーコのパートはすっ飛ばします(笑)。

ビー玉と言えば

今日の「トリビアの泉」で、「公園の水飲み場の水を出しっぱなしにしておいて、そこにビー玉を置いても浮いたままになっている」というトリビアがありました。そこで例によって実証する訳ですが、ビー玉を置く人が、ショートカットでセーラー服姿の女性。広げた手の平を下に向け、指の間にビー玉をはさむ。その聞き覚えのあるBGM。そして実証を終えて去って行く後姿、そのスカートはくるぶしまである!こここ、これは!?

「ビー玉のお京」だと言いたいのかっ!!

当然、出演者も司会者もみんな置いてけぼりでした。

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