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June 2002

2つのバブル

2002年6月現在日本は未だ景気回復の声を聞かない。父曰く戦後何度かあった不景気でも、ここまで悪かった事はなかったそうだ。私は1984年に社会に出た。その頃は景気も少し上向きになり、どことなく明るい空気が漂っていたのは以前にも書いた。でもそれはこれから来る狂乱の時代の序章だった。サラリーマン向け雑誌に「財テク」の文字を見かける様になった頃、日本は空前の好景気を迎えていた。それがバブル景気だ。私の世代とその前後の世代は、言わば空前の好景気と不景気を立て続けに経験しているわけだ。若い世代でもそろそろこのバブル時代を知らない世代(生まれていたけど意識していなかった)が社会に出てきている。そんな”伝説”とも言えるバブル時代に、まさに伝説と呼ぶに相応しい所業を為した2つの会社があった。今日はそんなお話。しかも2つなので2部構成でおおくりします。

その1 PAX

ひとつめはPAX。正式には株式会社パックス・コーポレーションと言う。この会社の創立過程や創立時期は詳しくはわからないけど、1980年代終わりから1990年代はじめにあるグッズを世に出す事で長く人々の記憶に残る事となった。

それがパワーグローブ。当時家庭用ゲーム機の主流だったファミコンのコントローラーなのだけど、グローブ型をしていて指や手の動きで操作できるという代物。今の時代なら文句無く”トンデモグッズ”の仲間入りだけど、これは当時でもトンデモ感はダントツだった。ためしに検索してみてください。多くのゲームファンが一度は操作する事を夢見ていたようで、デッドストックや譲り受けなどで入手した際のレポートのページがヤマほどある。ちなみにCMには天本英世氏が出演していた。

PAXはパワーグローブを発売した頃、企業イメージをPRするCMを流していた。それによればPAXは3つの事業を柱にしていた。ひとつがパワーグローブ。2つ目が宇宙ロケット打ち上げプロジェクト。そして3つ目が東京は汐留跡地に作られたパックスシアター「サイカ」だ。

パックスシアター「サイカ」は1990年に東京・新橋は汐留跡地に作られたコンサート会場とディスコを併せ持つ巨大イベントホール。この汐留跡地というのがまたいかにもバブルを象徴する土地で旧国鉄の操車場があった場所らしいが、この新橋駅に程近い巨大な空き地は、再開発の声が上がりつつも単発的なイベントでは使用されたものの基本的には長い間放置された。(最近その付近で仕事をしていたけど、高層ビルの工事が行われていた。さすがに再開発のめどがたったようだ。)そんな曰く付きの土地にあったのがサイカだった。

私なんかの場合、サイカとMZA有明ってなんか連鎖的に出てきてしまうのだけど、後者も健闘したものの結局は倒産した。まああの頃、都市型のこうした巨大イベントスペースと言うのが流行りだったわけだ。結局サイカの方は一度も行く機会はなかったけど、Webに残る当時のレポートなんかを見ると夜毎狂乱の宴が繰り広げられていたらしい。そして事故もあったようだ(流石にこれは記憶にない)。

画してある日パックス・コーポレーションは倒産した。確かサイカオープンから1年も持たなかった記憶がある。あの3大事業の印象が強烈だっただけに、このあっけない幕切れは意外だった。意外だったけど、うなずけるものでもあった。3大事業の最後のひとつにして、最も壮大だった宇宙ロケット打ち上げプロジェクトは、一体どこまで進んでいたのか?

その2 リム出版

汐留にサイカがオープンした年、ひとつのマンガ出版企画が注目を集めていた。「8マン」が完全復刻単行本として刊行されるという。でもただの復刻ではそう話題にはならない。少年マガジン連載当時、ある事情で描かれなかった最終回を桑田次郎氏本人の手で描きおろし収録するというのが話題の焦点だった。それがリム出版を世に知らしめたきっかけだった。この企画はかなり大当たりをとった。リム出版の社長は大変な8マンファンで、今回の復刻はその情熱の賜物であったという事実が新聞にまで喧伝された。それは紛れも無くサクセス・ストーリーだった

実を言うと1990年は私も自分の会社を設立したばかりの年。未だ経営の何たるかを微塵も知らなかった船出の頃。だから、設立した会社で自分の夢をかなえたというこのリム出版の社長には、実のところ大いに感銘を受けたものだった。ただし、そこまでは・・・。

その後1992年、「8マン」実写映画化の記事を見る。ひょっこりひょうたん島のリメイクなどの懐マンブームやゴジラ映画も大盛況だった頃の事。その企画をぶち上げたのがあのリム出版だった。8マン復刻版のヒットで波に乗り、それでできたお金で映画製作までやっちゃおうというのだ。それだけでもちょっとデンジャラスな香りが漂うのに、その公開形式を聞いて2度びっくり。一般劇場ではなくたった2夜の東京ドームのイベントでの公開となるというのだ。それがこれ「スーパー・ライブ&シネマ『8マン』」だった。ちなみにチケットはアリーナS席で6千円だった。当時ご多聞に漏れずちょっとバブルだった私は見たいもんは糸目もつけずに見に行っていたので、何の疑問も持たずドームに足を運んだわけだ。

音楽的にはサントラとして1枚出ていて、ジョー山中がキャロル・キングの曲をカヴァーするというもの。キャロキンと8マンの関係もよくわからないけど(多分これも社長の好みなんでしょう)、ジョーがキャロキンを歌う事がどれだけ日本のポップス史上で重要かは何とも言い難い。イベント当日はジョーのライブもあった(伴奏はカラオケだったけど)。今回このページを作成するために当時の資料を調べてみたら、なんとキャロキン自身の来日も計画されていたらしい。当然、そんな事実は無かった。実現していたら、また違った意味で貴重なイベントとなったのだけど。

ところが最近とある筋からある話を聞いた。当日あまりのチケットのはけの悪さに入り口でチケットをタダで配っていたというのだ。その人もちゃんとチケット買った人なのだけど、その現場を目の当たりにしたらしい。2日で6万人の動員を予定していたというが、いくらバブルでもそんな酔狂な人がそんなにいるとは思えない。誰が考えたって無謀だ。そう言えばアリーナ後方に煙草を吸いにいった時、関係者らしき人達が会話を交わしていたのを思い出した。「2日で・・・」「半分も行ってない」。スタンド席はガラガラ、アリーナでさえ空席が目立っていた。

映画の出来はここでは触れません。でも、ジョーのライブと映画1本で6千円のイベント、元をとったなんて口が裂けても言えない。

その直後、リム出版は更なる無謀な賭けに出る。今度は円谷プロ創立30周年記念として「COMIC'Sウルトラ大全集」なる企画を打ち出した。なんかウルトラマンシリーズ全8作品を各5巻ずつで、全40巻の描き下ろしマンガを刊行する企画だったらしいが、最初の4冊が配本された直後にリム出版は倒産する。一説には同じ時期に出版された桑田真澄暴露本が引き金となったという話もあるけど、こちらもかなりいわくつきの一冊のようだ。

今となっては全ては8マンから歯車が狂いだしたと言えなくも無いけど、パワーグローブしか残さなかったPAXに比べれば遥かに多くの形あるものを残している気がする。それ故か現在はリム出版新社として再出発し、堅実に経営を続けているようである。

ちなみに例の8マン実写映画のサブタイトルは「すべての寂しい夜のために」。何の事は無い、あのドームのイベントこそが寂しい夜だった。

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