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こちらを閉鎖しようと思います

こちらでは随分ご無沙汰になります。

もはやこんなブログ誰も見てないだろうと思っていたら、意外に定期的に行進をチェックしてくれる人がいるそうで。ありがたい事です。実は近年は写真のアップロードの簡便さもあって、Facebookばかりに書いています。

もともとこのブログはパソコン通信時代から使ってるNiftyのアカウント(もう25年以上にもなる)があったので、アメリカ滞在時の通信用に開始したものでした。今年家庭の通信周りを一新したので、Nigtyのアカウントも不要になり解約を決意。同時にここも閉鎖となります。

今後はFBとTwitterでお会いしましょう。

Facebook:
https://www.facebook.com/nishikawa.gowest

Twitter:
nishikawagowest

予定では今月末に消えると思います。

長い間ありがとうございました。

さびしくてもの悲しいやなせたかし

ずっとやなせさんの事はブログに書こうと思ってました。日本の多くの家庭がそうであるように、アンパンマンそしてやなせさんの作品は娘の成長に伴いずっと傍らにありました。それらは知らぬ間に我々親の支えにもなっていました。

■詩集

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やなせさんが子供のための作品を生み出す一方で、詩集を編纂し続けてきた事は有名です。平易な言葉使いで書かれていて、多くの場合もの悲しくさびしげなイラストが添えられています。特に私はスケッチブックを持ってうつむいている青年の絵が好きです。この絵1枚にやなせさんのこれまでとこれからが凝縮されている様に思えます。かなり前ですが、これと同じ絵を使った新聞の広告(だったか)を見た事があります。記憶があいまいですがそれに添えられた詩が「僕はつまらない話を書いてきた」という様な内容で、とても心に残っています。以来この人の事を思うと、あのスケッチブックを持ってうつむいた青年の絵が思い浮かびいつももの悲しい気分になります。この『もの悲しさ』こそが、やなせさんが生涯抱えてきた心情だったのかなと思います。そして、あの日みた新聞広告は何だったか未だにわかりません。

■やなせたかしメルヘン劇場DVD-BOX 1&2

やなせたかしメルヘン劇場 DVD-BOX 1やなせたかしメルヘン劇場 DVD-BOX 2

やなせさんにはアンパンマン以外にも多くの著作があります。これらをまとめてアニメ化したのがこのBOXセット。幼児期の娘は何故かアンパンマンよりこっちの方をよく見ていました。アンパンマンシリーズがある程度フォーマットが決まっているのに比して、こちらは非常に自由度が高く幅広いテーマを扱っています。中にはよく指摘される様に厳しいメッセージを含んでいる作品もあります。単品ではレンタルもされていて今でも視聴可能、BOXセットの方はサントラCD盤が付いています。親しみやすい曲が多くこのために我が家はBOXセットを購入しました。

「ルルン・ナンダーのほし」
星の子であるルルン・ナンダーが地上に落ち、人間の子と暮らしはじめます。やがて別れの時が来た時・・・。愛らしいルルン・ナンダーと少年の決別のお話。やなせさんの容赦のないメッセージが込められています。また、幼小期・少年期の自分、あるいは親と子の間など、いろいろな形の決別を象徴している様にも思えます。

「タコラのピアノ」
突然ピアノの名手となったタコの栄光と挫折。夢がある様ですくいのない現実。僕も高校の頃練習したモーツァルトのピアノソナタ・ハ長調が劇伴のキーメロディとなっていて、音楽面も非常に豊か。

その他幻想的な「しろいうま」、反戦テーマの「さよならジャンボ」、天使と悪魔と人間のドタバタ「てんしのぐらたん」、不思議な生き物がぞくぞくでてくる「もりのヒーロー ハリーとマルタン」など。一人の作家のアンソロジー集として見ても非常に秀逸です。

■「アンパンマン伝説」「アンパンマンの世界」

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こちらは大人向けに書かれた大型本。フレーベル館からの出版で、残念ながら現在は絶版。「アンパンマン伝説」の方はやなせさんが自らアンパンマンとその仲間たちへの想いを、自筆のイラストとともにつづったもの。各キャラクターの隠された背景がたくさん載っています。たとえば「『あかちゃんまん』は別のシリーズの主人公だった」とか「『ドキンちゃん』はスカーレット・オハラで『しょくぱんまん』はアシュレー。ばい菌と食品なので永遠に結ばれない」とか。
「アンパンマンの世界」の方は、キャラクターをテーマに書き下ろされた画集。これらは高知県のアンパンマン・ミュージアムに所蔵されているそうです。私は一番ヒーローらしいロールパンナのイラストが好きです。

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2011年秋、のっぴきならない事情で1週間入院した事がありました。その前後、不安な心情を抱えたまま娘をたまたま四谷のアンパンマンショップに連れて行った事があります。娘を遊ばせている間、店内に置いてある詩集を拾い読みしてずいぶんと気持ちが楽になりました。ふと思い立ってあの時みた新聞広告を探してみたが、見つかりませんでした。

昨日の訃報を見た時、やはりあのうつむいた青年のイラストを真っ先に思い出しました。その寂しさはもう埋まりましたか?ご冥福を祈ります。

10年ぶりのPCリニューアル

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この連休は、家族サービスの他は久々のPCの自作がメインだった。ずっと使い続けてきたメインマシンのデスクトップ機がどうにもこうにも稼働しなくなり、連休の数日前には完全沈黙。5/3 に知人と秋葉原めぐってパーツを一気にそろえ、連休中に組み立てから調整まで。

日付を調べたら前に作ったのが2003年の8月。実に10年ぶりのリニューアルとなる。その頃はまだ独身。私は自分のデスクトップ機にはずっと「ゴン太」という名前を付けていて、前のは「ゴン太3号(V3)」。PC歴はその頃で10年くらいになるから、それまでは5年毎にリニューアルしていた事になる。この10年というのは、結婚・出産・マンション購入やらが次々押し寄せた激動の時代、PCにまで手が回らなかったという訳だ。

以下は今回のスペック。HDDは12倍の拡張(笑)。メモリに至っては16倍(大笑)。
大げさでなく浦島太郎状態だ。

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【ゴン太4号(自作マシン)】

CPU    Core i5 3570K BOX          \21,380-
マザーボード ASRock H77 Pro4/MVP          \6,980-
メモリ    DDR3-1600 16Gb            \9,980-
SSD    plextor M5S 256GB           \17,280-
HDD    Western Digital WD30EZRX Green 3TB  \10,880-
モニター   LG 24EA53VQ-P             \15,792-
ブルーレイ  パイオニア BDR-207          \6,840-
サウンド   PCIe Sound Blaster Zx SB-ZX      \13,796-
電源ユニット Antec25 EarthWatts PLATINUM 450W   \6,980-
その他    2.5・3.5変換ブラケット         \568-
その他    延長保障                \525-
その他    マウス                \1,430-
その他    S-ATAケーブル              \850-
その他    HDMIケーブル             \1,180-
----------------------------------------------------------
 計                       \114,461-

前の3号機からは結局ケース以外流用できなかった。何せS-ATAのケーブルすら1本も使ってなかったのだからして。

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かつては最先端とは言わないまでも常にトレンドの先に乗っかっていた私も、ここ数年のITリテラシーの低下ぶりは目をおおうほど。その最も象徴的な例がこれだったのだ。たかがPCのスペックだが、これが原因で様々な事のフットワークが悪くなっていったのだなと思う。ホント、軽く見てはいけない。

最後に昔の日記からゴン太史

ゴンタ1号(Two Top ショップマシン)1995年購入
・・・Win3.1~2000時代まで。最初はPentium マシンであったけど、Intel互換が話題になった
   時に、マザーとCPU交換。以降、デスクトップCPUはAthronがデフォルトになる。
   足掛け6年使い倒す。
ゴンタ2号(ゲートウェイ・マシン)2001年購入
・・・1号がショップマシンで、最終的にサウンド、ビデオ及び電源ユニット以外はほとんどパーツが
   入れ替わるくらいまでグレードアップしたのだけど、宿命的につきまとうパーツ間の不具合や
   世代の違うパーツが混在する事にちょっと嫌気がさして、メーカー品を買ってみる。
   これがトラブル続出で、わずか2年で破棄。このころはもうヤフオクを始めており、
   ゲートウェイ純正ケースは結構いい値で売れた。ファンがいたようだ。
   Winで言うとMe か。
ゴンタV3(自作マシン)2003年購入
・・・初めての自作機。2号からはFDDとサウンドボードを流用。最初から今までずっとSound Blaster愛用。
   WinXP~7まで。

CPU    AMD AthlonXP 2400          \10,582-
マザーボード MSI KT2 Combo-L            \8,377-
VGA    RADEON9500             \24,864-
ケース    3R AIR Aluminium Case Silver    \15,540-
HDD    Barracuda 7200.7 ST-3160023A(160GB) \15,958-
DVDマルチ IO-DATA DVR-ABH4          \31,289-
その他    自作マニュアル            \1,260-
----------------------------------------------------------
 計                       \107,870-

消えゆくこどもの領域 in 渋谷

今年の年度末は、節目の時期なのか老朽化施設の切り替わりが多い。その中にあって3月末、渋谷の子供関連の施設が相次いで無くなった。

■3/31 東急百貨店東横店・東館屋上「ちびっこプレイランド」営業終了

先日、東急東横線・渋谷駅の地上駅の営業が終了を迎えたばかり。おそらく東横線の駅が移設したためだと思うが、3/31をもって東急東横店・東館が閉館した。75年の歴史を持ち渋谷川の上に建っているという大変珍しい特徴をもったこの建物は、この後取り壊しになるという。
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さて、この屋上には昔懐かしい形式の遊園地がそのまま残っていた。それが「ちびっこプレイランド」。以下は2010年に起こした遊具などの案内ページ。今となっては貴重な記録となってしまった。ちなみに最近少し有名になった渋谷のロープウェイ「ひばり号」は、この東館の屋上が乗り場だったらしい。

ちびっこプレイランド

西新宿に住んでいた頃は新宿・京王デパートの屋上に娘を連れて行ったものだが、現在の初台地域に移ってからはこちらにいく頻度が多くなった。

ライドや電車などは昔も今も変わらず。今の時代を反映してカードダス類・クレーゲームがあるゲームコーナーもあるが、ここの特徴は「わんぱく島」という身体を動かす系の遊具類がおいてある一角がある事。特にトランポリンは娘の大のお気に入りだった。ヒカリエをバックに海賊船。これからと消えゆく物。
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3/24に娘を連れて最後のお別れに行ってきた。あちこちに「さよなら」「ありがとう」「あと7日」の張り紙が。

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東横渋谷駅の喧騒に比してこちらはあまり話題になっていなかったが、やはり無くなってしまうと聞くと名残惜しいもの。この日は思いっきり好きな遊具で遊ばせてあげた。係員の人に「長い間お疲れ様でした」と別れを告げて後にした。

屋上脇の階段を降りるとすぐにおもちゃ売り場があり、そこも娘と遊ぶ時の定番コースだったのだがそれもすでに無くなっていた。さみしさが一層つのった。

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■3/31 渋谷区児童福祉センター閉鎖

娘がまだ小さかった頃、近隣の児童館を回っていた時期があった。新宿区他、通常の区では一定区画毎に小さな児童館・こども館が点在しているのだが、渋谷区の場合は小型の施設を多く置くのではなく、大型の施設を集中して運営していた。その一つが初台の不動通りにあった「渋谷区児童福祉センター」こちらも建物が老朽化したため、建て替えのために3/30で一旦閉鎖となった。リニューアルオープンは2018年。うちの子はその頃小学3年生になっている。

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以下は2010年に起こした案内ページ。今となっては(以下同文)。

渋谷区児童福祉センター

下は乳幼児から上は高校生まで、幅広く楽しめる作りになっている。トランポリンや卓球台もある体育室、図書室、工作室に地下にはプールまであり、ちょっとした学校並みの施設であった。うちの子はよちよち歩きの頃から通っており、ここで何度もおむつを替えた。あとやっぱしトランポリン大好き(笑)。以下はその日のスナップをいくつか

すでに片づけられていた工作室。かつてはここにたくさんの材料が並んでいて、子供たちが絶えず何かを作っていた。

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ロビーに置いてあったドールハウス。どことなく手作りを感じさせる。私のお気に入りのひとつ。

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入り口外にある掲示板。「ありふれた奇跡」って何の事だろう?私は下部に印刷されているビル街のイラストがすごく好きだった。都心の施設らしいデザイン。

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幼児室にあるおむつ台。何度もここで娘のおむつを替えた。もしかするとこれも手作りかもしれない。

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3/30はお別れイベントがあるという事で、やはり娘を連れて行って来た。体育室で館長さんからお別れのあいさつ。そして子供たちにマジックを持たせ、壁や床へ大落書き大会。高学年の子たちの中には思い入れの深い子も多く、その思いのたけをいっぱい書きつづっていた。そりゃそうだろなあ、毎日学校終わったら直行だった子もいたろうに。

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渋谷区運営のこども関係施設は、この他に「東京都児童会館」「こどもの城」がある。前者はウルトラマン「射つなアラシ」のロケ地にもなっているらしいが、先の震災の影響で現在は閉鎖。後者も老朽化のため2015年3月末に閉鎖が決まっている。2015年からの1年間はこどもたちの施設がひとつも無くなってしまう事になる。


新宿生まれで現在は渋谷区在住の娘も、大きくなったらいつしか”渋谷デビュー”するんだろうに。その時に自分がかつて遊んだいろんな場所の事を覚えているだろうか。

さよならぼくたちのようちえん・娘卒園の日

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本日は4年通った娘の卒業式だった。(4年というのは、通常の年少の前にもう1年プレのクラスがあるからだ。)

以下はその時の事を書いた4年前のエントリー

娘 Going To The Yochien(2009/06/07)

名前はよどばし幼稚園。

ここにもある通りよどばし幼稚園は西新宿の中央公園の北側にあり、約60年前から運営されている。
当時の平屋木造の園舎をずっと使用しており、今では周りは高層マンションやオフィスビルだらけ。その中にあって、ポツンとたたずむように存在するこの幼稚園は多くの人の目にとまり、テレビの取材を受ける事もしばしばだった、実際うちの娘も何度かテレビに映っている。だが残念ながら来年で閉園となる事が決まっている。

自分の自宅も当時は西新宿にあり、園や中央公園のみならず西口高層ビル街までもが子育ての現場だったのだ。2年前に初台の南側に越してしまったので、今ではもう園以外でこの地域に足を踏み入れる事はなくなった。だから今日はそんな6年間の想いが一気に押し寄せてきた。まさに思い出がいっぱい詰まった場所なのだ。今日は待機時間もいっぱいあったため、たくさん歩き回った。

よくこんな場所で子育てができると思えないと言われる事があり、また中央公園もホームレスのイメージがまだまだ根強い。だが、児童館や図書館などの子供向け施設は非常に多く、公園も大小合わせてかなりの数が点在。メインとなるのはやはり中央公園。ここは橋を隔てて大きく北と南にエリアが分けられ、よく知られているフリーマーケットや炊き出しが行われている場所は北側で、ここには未だにホームレスが住み着いている。南側が子供が遊ぶエリアとして整備され、ここは基本的に親子連れ以外の大人は足を踏み入れてはいけない事になっている。何より新宿区は女性が区長である事もあり、子育てに関しては大変手厚い。

ブログタイトル「さよならぼくたちのようちえん」は本日園児たちによって合唱された曲。それだけでも涙腺崩壊なのだが、これは掛け値なしに名曲。調べたところあるシンガーソングライターによって作られた曲で、近年の卒園定番ソングらしい。2年前には芦田愛菜主演の同名ドラマもあったらしい。

さてそんなよどばし幼稚園だが、NHKの関係者の眼にとまりこの3月はずっと取材を受けていたという。もちろん今日も来ていた。テレビのカメラマン達は「テレビのおじさん」としてもう園児たちにも顔馴染みだったようだ。私たちもちょっぴり映っていたかもしれない。この模様は4/7(日) 午前8時より放映の「小さな旅」で放映される事になっている。そうあの大野雄二作曲のテーマのあの番組だ。またとない記念だ。よろしければご覧ください。

特撮系展覧会巡り・その(2) 8/27「ウルトラマンフェスティバル」と9/30「大伴昌司の大図解展」

特撮系展覧会巡り・その(2) 8/27「ウルトラマンフェスティバル」と9/30「大伴昌司の大図解展」

もう10月も下旬だけど、いそいで書いちゃおう。

■8/27 ウルトラマンフェスティバル2012(池袋サンシャインシティ)

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実はウルフェスはほとんど行っていない。2006年(40周年)、98年(ティガ&ダイナ)、95年(ネオス&21)が記憶にあるくらい。

そんな訳で通常ならスルーだったんだが、今年は招待券をもらったので娘連れて行って来た。今年はセブン45周年という事で全エピソードを何かしらの形で展示するというもの。ジオラマだったり人形だったりトリビアだったり、と様々。中には初めて知ったマニアックなネタもあって意外に楽しめた。

おそらく特撮系アトラクは初めてだったうちの娘。席が一番後だったのでイマイチ理解できていなかったようだが、それでも声援は送っていたな。巨大なタイラントの着ぐるみはちょっと驚いた。

最初のウルフェスは1989年。ラルゲユウスの足とかペギラの回の雪上車とかナメゴン目とか、そうとうレアなものが飾っていたらしい。当初はマニア層がターゲットだった様だが、ティガ以降コンスタントに新作が作られるにつれて現役のお客さん(すなわち子供たち)へターゲットがシフトしていく。それにつれて展示もレアなものが無くなってくるのだけど、2006年の時は凄かった。第1期ウルトラの頃の出版物やおもちゃ、広告やポスターを大量展示。これだけは行ってよかった。

当日の写真について。一番左は、ペガッサの回でアンヌの部屋に置いてあった人形(レプリカ?)。その右は「盗まれたウルトラアイ」のゴーゴー喫茶でバンドが弾いていたギターと同じモデル。なんとあのバンドはザ・ワンダーズらしい。その他、怪獣ボールやダン隊長の杖などもありセブンづくしの一日でした。私はコンビニで瞬殺だったウルトラマン対決セットのアボラスが手に入って満足。娘はトイざらすで存分に遊べて満足。

■9/30「大伴昌司の大図解展」(弥生美術館)

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多くの人が特撮博物館とセットで訪れたのがこちら。街中のいかにも個人が設営した美術館というたたずまいは悪くない。

実はこの少し前に「大伴昌司『大図解』画報」という単行本が出ていて、この展覧会はこの本とのタイアップだった。そうとは知らずとっくに購入して読んでしまっていたので、大半の展示物は見てしまっていた。できれば実物を先に見たかったなあ。

とにかく私の幼年期から少年期にかけての精神形成に大きく影響を与えたのが少年マガジンである事は、あちこちで話している。その少年マガジンを舞台に、縦横無尽にグラビア文化を発展させていったのが大伴氏である。父が最初に買ってきてくれたマガジンは、ウルトラマンの初特集の忘れもしない1966年7月10日号(27号)だ。今でも大伴と言えば真っ先に出てくる赤黒ページのウルトラマン、及びバルタンとネロンガの内部図解。あれが載っていた号である。それからもうすぐ始まるウルトラマンの放映日を胸をパンパンにして待ちわびるのである。たしか表紙はウルトラマンではなかったな。(最初のプレビューである有名なマン&バルタン・ネロンガの表紙は同年20号。実質2カ月も前にお披露目されていた訳だが、私はその号は知らなかった。)

それから数えきれないほどの役に立たない知識を、マガジンのグラビアから学んだ。今ではサブカルチャーの祖という扱いの大伴氏だが、自分のサブカルチャー指向のルーツはきっと大伴氏なんだろう。

さらに時代が下って70年代に入った頃、少年の夢と悪趣味をかきたててきたマガジンは突如としてアダルトでシュールな誌面へとシフトする。これにはまだ小学生だった私は少々面食らった。横尾忠則らがスタッフに入ってきてアート色を強くするわけだが、ここにも大伴氏は一枚噛んでいたのだ。フォークソングとか深夜放送とか、私たちは首をかしげながらもその独特の匂いをマガジンのグラビアから嗅ぎとっていった。

そんな事を思い出しながら生原稿や当時の誌面などを見ていく。今回はまた南村喬之、石原豪人、柳柊二らの素晴らしい原画も堪能できる。皆さん単独で展示をやってもらいたいくらいのビッグネームばかり。特に今回目を引いたのは水氣隆義氏。近年ガイガンをデザインしたという事実が判明したお方だが、開田裕治氏に繋がる写実系の緻密な筆致には舌を巻いた。全然関係ないけど、ガイガンは長い間水木しげるのおんもらきがモデルというのが定説だった。水木氏もまた点描を駆使した細かな筆致の写実的な背景が特徴となっている。おんもらきの件は完全な誤報だったが、何となく共通点があるのがおもしろい。

それから併設の竹久夢二美術館も見ていく。実は私、以前町田に住んでいた頃近所にあった国際版画美術館でも夢二展を見ているのだ。音楽やる身としては、セノオ楽譜に大変興味がある。

およそ2時間弱の滞在で美術館を後にする。この街は東大のキャンパスもあり、最寄駅である根津駅までには剥製屋や西洋ドール店など変わったお店が多く、歩いてて楽しい事この上ない。東京現代美術館のあった清澄白河もそうだが、美術館のある街は散策すると楽しい趣のある街である場合が多い。

また行きたいな、展覧会。

特撮系展覧会巡り・その(1) 9/22「特撮博物館」

この夏~秋にかけて話題をさらった特撮系展覧会3件。閉会間際にやっと行く事ができた。
さらっと感想を・・・と思ったら、特博だけで長くなってしまった。

■9/22 特撮博物館(MO+東京都現代美術館)

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よくぞこんな贅沢な企画を我ら特ヲタのために、と思っていたら連日大盛況の大賑わい。閉会間際のこの時期で25万人を突破する勢いらしい。当然特ヲタ以外の人も老若男女問わず多数詰めかけている。一体何が起きていたのか。

それはまあおいといて、かなり開催期間が押してからの訪問となった。せっかくなので一人でも多くの同行者をと思い、いつもの特撮仲間と調整を取っていたんだけどなかなか折り合わなかったため。結局この日は佐七氏と一緒にいった。いや例え1名だけであっても、同行者がいてくれたのは幸運だった。何故なら一人で行って「ひゃー」とか「ひょー」とか「うおー」とか叫んでたら、かなり恥ずかしい(笑)。

最初のコーナー「人造 原点I」(と明朝体で例の調子で書いてある。ちょっと嫌)には東宝作品を中心に、ロケット・戦車・潜水艦などの空想科学超兵器が一堂に。新・旧轟天やムーンライトSY3、メーサーなどのメジャーどころに混じって、ポーラーボーラやブースカの大作号などという斜め上なセレクトがうれしい。

ここでの目玉はまずメカゴジラ2全身スーツ。よくぞ、残っていてくれたと思う。映画公開が1974年だから、およそ40年間の時を経ての邂逅なのだ。よく見ると頭部と首から下の色合いが違う。ボディ部のスーツはゴジラに首をもがれ電子頭脳が露出した形態になったシーンで使われたもので、前作用スーツのうちの1体の改造らしい。もとからヘッドのないスーツだった訳だ。これに前作用の頭部を接合したのがこの展示品との事(宇宙船宇宙船Vol.137 の記事から)。それでも本物には変わりない。この場所を離れたくなかった、その1。

そしてマグマ大使のロケット!こんなものが残っていたとは。状態も美しくしんちゅう製かと思いきや木製でびっくり。劇中ではリアルに火を吹いていたので、よもやと思ってロケット噴出口を覗いてみたらやはりこげていた。ここだけですでに1時間以上経過していた。

次の間に入った途端、眼前にドーンとマイティジャック号が現れる。音声ガイドからはテーマソングとともに「マイティジャックとは、近代科学の粋を凝らして建造された~」のナレーションが!ここで涙腺が崩壊しそうになる。間違いなく前半のハイライト。3メートル近くある大型モデルで実に美しいが、やはりかなりの部分を修復したらしい。そりゃそうだろうに。この場所を離れたくなかった・その2。

正直言うと子供の頃、「MJ」はお話がハイブロウすぎて放送はあまり見ていなかった。当時は小学館学習雑誌の記事やマンガ、ソノシート、プラモデルがあり、私のMJ体験はこの3点で完結した(それはサンダーバード等も同様)。それも大切な原体験だ。

壁面には成田亨氏の描いたオリジナルイラストが数点。これらは80年代初頭ソノラマの画集やエモーションのビデオパッケージ用に描きおこされたもので、今となっては実に貴重。ウルトラや開田裕治氏のもの以外の素材は滅多に目にする機会がないので、これはうれしかった。

次の間が「超人 原点II」。ウルトラやテレビ特撮物を中心とした展示。ウルトラマンのマスクなどは、ウルフェスや六本木アークヒルズでの「天空のウルトラマン展」などで見る機会が多かった。歴代防衛軍のメカなどは円谷プロの怪獣倉庫を見学にいった際にまとめて見たが、間近で見るのはやはり格別。特に目を引いたのがタロウのZATメカ関係。テレビで見ると奇抜この上ない無いが、ホエールやコンドルなど現物を見るとスカイブルーを基調とするカラーリングが実に美しい。80のスカイハイヤーもあったが、バンダイ・ポピー系デザインが独特のラインを刻んでいる事がよくわかる。今回東映系の展示がないのでバンダイ系デザインのミニチュアは少なく、それゆえに違いが際立つ。

ここでの白眉は、スターウルフの「バッカス三世号」。すでにスターウォーズ影響下にある事は、メカむきだしのディティールなどからあきらか。それでも、流線形の美しさとはまた違う機能美にあふれた魅力的なデザイン。当時は松本零二に転んでいたので裏番組の「スタージンガー」を選んでしまい、涙を飲んで見送り。ずっと後になってLDで全話見て、そのおもしろさを堪能した。デザイナーの山口修氏の仕事はもっと評価されてもいいと思う。

次の間にはスペクトルマン、サンダーマスク、シルバー仮面、アイアンキングなどなどなど70年代超人たちのヘッドがずらり。どさくさに混ぎれてロックバットまで。半分くらいは複製であるらしく、シルバー仮面に至っては顔出し部分まで造型されててこれはやりすぎでしょう。ところでレッドマンの音声ガイドでは「”罪のない”怪獣を突存襲う赤い通り魔と呼ばれている」とネット上で近年生まれたネタをそのまま解説していたけど、それはちょっと可哀そう。知らない人が聞いたら鵜呑みにするかもしれないので、ここに訂正しておく。あの人はれっきとした正義のヒーローです。ナイフでとどめを刺すので残虐に見えるが、あれは予算の都合で光学合成が使えなかったから。

次が「力」と題されたミニチュア群の展示。まずは「ガメラ3」の今は無き東急文化会館が圧倒的。私が上京して初めて映画見たのはここだった。1984年4月「ウルトラマンZOFFY」を見に行った時の事。すごく並んでいて「えっ!そんなに人気あるの?」と思ったら、それは「ナウシカ」の方の列だった・・・。これ、渋谷区の区役所にでも寄付すればいいのにね。

「巨神兵」上映で一段落。これ以降、前の展示に戻れなくなると言うので今一度人ごみ書き分けMJ号の勇姿を目に焼き付けに行った。

地下には「特撮美術倉庫」。実際の倉庫を模した展示室に、ごちゃまんといろんなものが置いてある。これが楽しかった。久しぶりに見たサイボット・ゴジラは頭部骨格だけになっていた。これは当時の製作過程のスチールでよく見かけた姿。まだ全身が残っていた頃のサイボットを新宿の東口広場で見たっけ。私はミリタリー系は強くないので戦車とか軍用機はそこそこだったけど、ローレライの巨大潜水艦は圧巻だった。

次の間が「技」と題して近年亡くなられた井上康幸氏や大澤哲三氏の仕事を中心に、著名な特撮マンにスポットをあてたコーナー。小林知己氏の工房を模した展示は楽しかった。おなつかしデストロイア戦のゴジラスーツ。映画では始終バーニング状態だったので、ノーマルな状態での対面は今回初めて。そしてそのうらに楽しそうなもんがいっぱい。原始モスラに、ネッシー検討モデルに、ゴッドマンマスクに、FW版マンダ頭部etc 。画期あふれる東宝の平成ジュラ期がついこの間まで続いていた事を今更ながら思い出す。この間で2時間以上経過。

以降は、よく報道されているミニチュアビル街体験ゾーン。ここでひとしきりはしゃいで物販のぞいて終了。10時半頃入場したが、会場を出たのは3時半頃。まともに見ると5時間かかるというのはうそじゃなかった。

この時期でかなりの混雑だったが、終了間際の頃は2~3時待ちがざらだったらしい。一体どうしてこんなに多くの人が押し寄せる結果になったのか。ジブリ・エヴァという日本のアニメ界の2大ブランドの力のせいもあろう。意外に私と同年代の中高年の女性も多かった。それまでは全く興味もなかったであろうが、今はノスタルジックな対象のひとつとして許容されているのかもしれない。若い世代やカップルが多い事も意外だった。アニメーションはじめオタク文化が若者たちにクールなものとしてとらえられて久しいが、特撮もそのカテゴリに入れられているのかもしれない。特撮系の展示をカップルで見にいくなんて、少し前までほんとあり得ない事だったし。

見せ方に最大限の努力を払っている事はよくわかった。一歩間違えばマニアの飲みネタにしかならないようなものを、芸術品・工芸品である事を前面に押し出し極力スタイリッシュに演出。主催者側にも著名な業界人をずらりと揃える。そうして一般人のハードルを下げるだけ下げておいて、一方で舌の肥えたマニアにも(つまりは主催側と同じ人種)納得の行く料理を提供する。そうした両方向へのアピールが奇跡的に実現できていた。これが成功の大きな要因であろう。

あと、宇宙船誌上ではずっと前から原口智生氏が過去のミニチュアを修復し、その完成品写真を掲載するという連載をやっていて、それで見かけたものも一部展示されていた。この人のこうした地道な努力も今回の企画には大きく貢献していたのだと思う。

最後にずっと気になっていたDVD-BOX「円谷特殊技術研究所」の内容が判明したので、資料的に載せておきます。私が行った時にはすでに完売でしたが、入手した知人からの情報です。

Vol.1
Q #19「2020年の挑戦」
マン #18「遊星から来た兄弟」
セブン #43「第四惑星の悪夢」
帰マン #31「悪魔と天使の間に・・・」
A #14「銀河に散った5つの星」
タロウ #33「ウルトラの星大爆発5秒前!」
レオ #3「涙よ さよなら・・・」
80 #44「激ファイト!80vsウルトラセブン」
ミラーマン #44「魔の救出大作戦」
ジャンボーグA #30「J-A J-9を処刑せよ!」
ファイヤーマン #12「地球はロボットの墓場」
怪奇大作戦 #4「恐怖の電話」
マイティジャック・メカグラフィティ
戦え!マイティジャック #12「マイティ号を取り返せ!!(前編)」

Vol.2
マン #34「空の贈り物」
セブン #26「超兵器R1号」
タロウ #34「ウルトラ6兄弟最後の日!!」
怪奇大作戦 #16「かまいたち」
ほかに「ウルトラファイト」傑作選

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連休前10/6、閉館時間が19時半になったと聞き仕事の帰りに会場まで寄ってみた。時刻にして18時過ぎ、昼間は大混雑だったらしいが、チケ購入も入場も列はなくその時なら何なく回れた感じだった。猛烈に後ろ髪引かれたが、心の中でお礼を言って帰ってきた。今でもその時見送った事がちょっぴり後悔。

特撮博物館は本日で終わり。ようやく夏が、それも子供の頃の夏休みのような夏が終わる。

そんな気分。

「おおかみこどもの雨と雪」娘6歳、はじめての映画館

本日幼稚園の夏休みに入ったばかり娘と映画を見に行った。タイトルは「おおかみこどもの雨と雪」。多方面から注目を浴びる細田守監督の最新作であり、一見マニアックなおたく父さんのお仕着せに見えるが、この映画を選んだのは娘自身だった。これが彼女が人生で初めて映画館で見た映画なのだ。この国では、幼児が初めて劇場に足を運ぶにあたっての選択肢は大変多いと思う。アンパンマン、ドラえもん、しんちゃん、プリキュア、ポケモン、ライダー&戦隊、ウルトラマン、海外も含めればピクサー物なども。そのどれでもなく「おおかみこども」が彼女の劇場初体験だった。正直、おたく父ちゃんとしてはちょっと自慢したかったりする(笑)。

まずは私の感想から。ネタバレやストーリーの核心に触れる事は書いてないつもりですが、事前情報は一切不要という方はご注意願います。






最初から最後まで淡々と物語が進行していく。ありていに言えばただの子育ての物語。子育てというのは、どこの家庭でも一大イベントであり、子供は特別な存在で、親は等しく犠牲を強いられる。だからひとつとして同じ物語がなく、このお話もそんなそれぞれの家庭に無数にある子育ての物語のひとつ。この映画の家庭は子供が何かの拍子でおおかみになってしまい、しかも母親しかいない。そういう普通よりは人一倍苦労の多い家庭の子育ての物語であり、それ以上でもそれ以下でもない。いや、こんな事実際にあったら”人一倍”ではすまないかもしれない。だが、送り手自身がそう思わせないような抑えた表現を徹底している。そこがとても印象的だった。

途中「『北の国から』かよ」と思ったりもしたが(笑)、あそこまで過剰に都市生活との差異を主張することもない。クライマックスにはそれなりにイベントがあるが、特に心を揺さぶられるようなこともなくエンディングを迎える。しかし、エンドロールを眺めているうち心の底から何かがこみ上げてくる。そこで涙があふれた。もしかすると、立場によって違う印象を持つ作品なのかもしれない。

娘の話だが、初めての映画館でおとなしくしていられるかが懸念だった(どっちかと言えば、活発な子なので)。知人からは、子供が飽きて途中で帰るとグズりだし、続きが見たくても泣く泣く映画館を出たという経験談を聞いてもいたのでその覚悟もしていた。2時間10分という長丁場、途中ゴソゴソとしたりはしたものの最後までおとなしく見ていた。雪と雨が成長してからは少し退屈だったようだが、自分と同じくらいの年代のシーンはニコニコして画面に食いついていた。終映後「どうだった?」と聞いてもあまり何も言わない。まあ、そんなもんだろう。でも、後で映画のセリフを反芻したりしていて、それなりに心には残っているようだ。

私が初めて劇場で見た映画はおぼろげな記憶を頼りに公開年月日を調べてみると、どうも1966/4/17「大怪獣決闘ガメラ対バルゴン/大魔神」らしい。次に1966/7/31「サンダ対ガイラ/ジャングル大帝」、1967/3/19「サイボーグ009怪獣戦争/少年ジャックと魔法使い」、1967/7/22「ウルトラマン/キングコングの逆襲」と続く。(009は東映まんがまつりの第1回らしい)やはり5~6歳の頃だった。この話をTwitter でつぶやいたら何人かから反応があり、この年齢が劇場デビューの人が多かった。最初に劇場で見る映画というのは最初に自分の小遣いで買ったレコードと同じくらい重要だと思うのだ。少なくとも自分にとってはそうだった。特に6歳の頃はテレビでウルトラQやウルトラマンが始まった年でもあるし。その後の人生、ここで決まったものなあ(笑)。

今日の事は、もしかすると娘はさっさと忘れてしまうのかもしれない。でもこの映画が娘の初めての劇場体験だった事、そしてそれを彼女自身が自分で選んだ事が、父ちゃんは訳も無くとてもうれしい。いつもはライダー映画などでよその子が使うのを眺めているだけの補助椅子、何も教えていないのに娘は勝手に自分で確保していた事が新鮮だったり。間違いなく今年の夏の大切な思い出のひとつ。

手塚治虫の短編が好き

現在、講談社から定期的に刊行されている手塚治虫文庫全集。元は昭和50年頃以降にB5サイズで刊行されていたもので、今回は文庫サイズでのリイシューになる。手頃なのでたまに買って読むが、欠かさず買ってしまうが短編集。これがまた何バージョン目かの買い替えだったりする作品ばかりで、指向性というもんはほんと変わらんなあ。私は幼小の頃から手塚治虫の短編が大好きだった。

■ザ・クレーター
ザ・クレーター (手塚治虫文庫全集 BT 45)

少年チャンピオンと少年ジャンプはほとんど同時期の誕生で(正確にはジャンプが1年早い)、私的にこの時期は週刊少年マンガ雑誌が3誌から5誌の時代に移行したと同時に、付録付き月刊誌時代の終焉でもあるという点でターニングポイントだったと思っている。

同作はチャンピオンに創刊期から連載されていたSF系短編の連作。テーマや設定に一貫性はなく、主人公がオクチン(奥野隆一)という少年(場合によっては青年)である点だけが共通しているが、そうじゃない場合もある。発表当初は恐怖マンガとして括られていて、確かに恐怖心をあおる展開が多いのだがその内容の幅広さは到底その一言では表現しきれないと思う。因果応報話や絶望的な結末が多い中、時折明るくほほえましいエピソードも散見される。子供の頃は、そんなオチャメな手塚世界がとても好きだった。今回の文庫化で未収録だったエピソードも収録されて初の完全版となっている。

「オクチンの奇怪な体験」
手塚治虫の描く幽霊はどれもとってもキュート。謎の女子幽霊に憑依されたオクチンのお話で映画「転校生」のような男女入れ替わり物の系列でもある。オチは最初から読めているがそれでもこうなければ、と納得のいくラスト。「やけっぱちのマリア」の原型かもしれない。
「大あたりの季節」
こちらもまた、オクチンの恋愛話を軸に展開する時間をテーマにしたストーリー。過去にさかのぼって歴史を改変できた場合、改変された世界にいる人たちの主観で世界は一体どう見えているのか、そうした観点で書かれたと思われるお話。でも、むずかしい事はひとつもなく実に愛らしい話で、小学生だった私はどこかにほんとにこんな○○が無いものか、と夢想したものだった。

他に、どこか間の抜けた侵略者が独自に得たいびつな地球の情報に惑わされ秀逸なオチへとつながる「紫のベムたち」「三人の侵略者」なども、愛すべき短編である。一気読みしてダレる事のない、非常に優れた短編集であると思う。

■ライオンブックス

ライオンブックス(1) (手塚治虫文庫全集 BT 28)ライオンブックス(2) (手塚治虫文庫全集 BT 29)ライオンブックス(3) (手塚治虫文庫全集 BT 30)

こちらはジャンプの創刊期に不定期に連載されていた短編の連作。チャンピオンとジャンプは共に創刊期に、真っ先に手塚氏の短編を掲載していたという事実が大変おもしろい。「ザ・クレーター」が毎週読み切りだったのに対し、こちらは長短様々で作品によっては短期連載の形式をとっていたものもあった。それ故かご本人いわく作品の出来にバラツキがあるらしい。またSFテーマだけでなく、動物ものや人情噺などが含まれているのも特徴。

「百物語」
短編のみならず、手塚氏の全著作の中でも5本の指に入るくらい好きな長編。とにもかくにも話がキュート。当時も人気があったらしく、いち早くジャンプコミックスの枠で単独でコミックス化されている。
うだつの上がらない侍が、切腹の直前に人生のリセットのために3つの願いを叶える代わりにタマシイを奪う契約を悪魔と交わすというお話。ある意味「どろろ」のテーマの変形でもあるし、氏が初期から取り組んでいた手塚版「ファウスト」のバリエーションでもある。(実際、朝日新聞社から文庫化された「ファウスト」に同時収録されていた)。
で、この悪魔がスダマというセクシーな美女というのが手塚氏らしいところなら、スダマが侍に恋してしまうと言う展開も手塚氏らしいところ。名誉出世のはかなさだとか、本当の愛とはとかいろんなテーマが入っているものの、それよりもただひたすら人間に恋した悪魔を描きたかったのだと思う。言うまでもなくスダマが超キュート。

他に『ポルターガイスト』という専門用語を我々に知らしめた「あかずの教室」、重苦しい展開でありながら希望の持てるラスト「荒野の七ひき」など、傑作佳作多し。反面「マンションOVA」など尻切れトンボ感がぬぐえないものもあり、氏自身の感慨どおり。

■タイガーブックス

タイガーブックス(1) (手塚治虫文庫全集 BT 115)タイガーブックス(2) (手塚治虫文庫全集 BT 116)タイガーブックス(3) (手塚治虫文庫全集 BT 117)タイガーブックス(4) (手塚治虫文庫全集)

ライオンブックスと対を成す短編集という意味でこの名がついているが、実は「タイガーブックス」という連載があった訳ではなく、単行本にまとめる際に便宜的につけられたタイトルらしい。なので、年代から掲載誌までバラバラ。どういう訳か動物ものの短編が多く収録されている。

「ガラスの脳」
何度も書いてるが、私の少年期は手塚氏の描く女の子のキャラクターにときめきを感じる傾向にあった。幼少期は「ジャングル大帝」も好きだったけど、「リボンの騎士」にはやはり何とも言えない甘酸っぱいものを感じていた。だから、自分が性というものを意識したきっかけも実は手塚マンガだった。いわゆる「ヰタ・セクスアリス」である。そのきっかけとなった作品のひとつがこれ。
映画化もされているので有名な作品だと思うのだが、当時掲載誌(たしか少年サンデー)を塾で読んでどうしようもなくむずかゆい思いを覚えたものだった。その理由がわからなくて、何度も何度も読んだ記憶がある。この時期手塚氏は児童への性教育に積極的で、「やけっぱちのマリア」「アポロの詩」などを通じて少年誌上でアカデミックな性の秘密を堂々と説いていた(赤ちゃんはどうやって生まれるか、とか)。実は「ふしぎなメルモ」も元は性の啓蒙がテーマだった。そんな作品を読んじゃあ何とも言えないむずかゆい思いに捕らわれていた思春期の入口だった。

「るんは風の中」
ポスターの中の女の子と恋するお話。こう書くと今だと二次元コンプレックス話にしかならないけど、ちゃんとファンタジーとして成立している点が素晴らしい。しかも二次元キャラであるるんはちゃんとしゃべる。身も蓋もない言い方すれば妄想話以外の何物でもないが、読後は非常にさわやか。そして当時の私にとっては恋愛はファンタジーと同次元の話だった。

他にもキュートなお岩さんが登場する「四谷快談」、スーパーヒーローマンガ「ハヌマンの冒険」など。ハヌマーンと言えばウルトラ兄弟と共演したタイの宗教系ヒーローがいるが、それとは無関係に書かれたであろうこちらのハヌマンもヒーロー然として描かれている点が興味深い。数々の特撮関連マンガも描いている氏らしい一編。また、大半を占める動物ものはどれも傑作。

■アバンチュール21
アバンチュール21 (手塚治虫文庫全集)
これは正確には短編集ではなく、学研の学習雑誌に連載されていた同名長編にいくつかの短編を合わせて1冊にしたもの。どうしても書きたい1編がここに含まれているため取り上げた。

「7日の恐怖」
ある日自分の部屋以外の世界が消えうせてしまう。自分の部屋から外は完全な『無』。神が今の人類の歴史に絶望しリセットをかけた。だが、手違いで一人だけ消去から漏れてしまった少年がいたというお話。
これを読んだ時、恐怖のドン底に突き落とされた。トラウママンガという事であれば、まず第一にこれを上げる。手塚氏のマンガは時折、とてつもなく深いテーマに足を踏み入れる場合がある。その際たる例が「火の鳥」で、友達の家にあったCOMコミックスを読んでしまって途方に暮れて帰宅した事が何度もあった。これを読んだ後1年くらい、私は自分の部屋を閉め切って寝る事ができなくなった。ちなみにオチは本当に心の底から安堵できるものであった。
今から思えばこの時感じた恐怖は、自分が立脚しているこの世界がもしかするとものすごい脆弱なものなのかもしれない、そして、それはある日本当に消えうせてしまうかもしれないという不安感だったのだろう。もしかすると後にP・K・ディックにはまり込む素地は、この時養われたのかもしれない。
手塚氏は性や恋愛だけでなく、こうした哲学的な領域までも目を開かせてくれていったのだと思う。

■メタモルフォーゼ
メタモルフォーゼ (手塚治虫文庫全集 BT 140)
少年マガジン誌上で変身をテーマとした短編の連作として連載された。それに変身をテーマとした短編を加えて1冊としたもの。カフカの「変身」から連想された「ザムザ復活」など、間違いなく氏得意のテーマ。

「おけさのひょう六」
手塚氏と少年マガジンの「W3」を巡る断絶は、歴史上の事実として有名な話。この短編はその雪解けの証として久しぶりにマガジン誌上に掲載されたものである。その号(1974年4月21日号)には同時に巻頭グラビアとして手塚氏のマンガ作品を何十ページにも渡って集大成する特集が掲載されていた。この後、マガジンはちばてつやや川崎のぼるなどの巨匠の集大成特集を定期的に掲載するが、その嚆矢となったのがこの特集であった。またこの頃はオイルショックの影響下にあり、軒並み週刊マンガ誌はそれまでの半分以下の厚さとなっていた時代(しかも定価は100円から若干値上がり)。記憶によればこの号から定価が150円となり、厚さが通常に戻った。そんなこんなで目が覚めるような1冊だった事を未だに思い出す。

ところで「メタモルフォーゼ」は雪解け後の70年代後半のマガジン誌上での連載。この後一大傑作「三つ目がとおる」が生まれ、手塚氏の何度目かの黄金期となるわけだが、私はラブコメ路線と長編化した「野球狂の詩」などに魅力を感じず、幼少期からその精神性をはぐくんでくれた少年マガジンからついに離れる事となる。時に昭和50年、私は中学を卒業する年齢になっていた。

代官山・蔦谷書店

代官山に大型書店・蔦谷書店(T-SITE)がオープンしたというので行ってみた。

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子どもの頃から本屋に行って新しい雑誌の匂いをかぐのが好きだった。今でもしんどい事があると、書店に行き雑誌の匂いをかぐと不思議と落ち着く。なので、深夜の大型書店は自分にとって心のオアシスなのである。ここは深夜の2時まで営業しているというので、夜中にバイク乗って行ってみた。

代官山T-SITE

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旧山手通りをずっと南下していき、246を通り過ぎると代官山エリア。さすがに午前0時を過ぎると真っ暗だが、しばらく走ると上の写真のように煌々と灯りのともっている一角が現れる。

2階建ての建物が3棟あり、それぞれ陸橋で繋がっている形。それぞれ1Fが書店で2階はCDセル&レンタル、カフェ、DVDセル&レンタル(要するに普通にTSUTAYA )。あとファミマも併設。店内写真も取りたかったけどさすがに不可能。

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ここの売りは膨大な蔵書もさる事ながら、何と言っても有名雑誌のバックナンバーがずらりと展示されている事。それが販売されているのか単なる展示なのかわからないけど、それを眺めてるだけでもあっという間に時間が過ぎてしまう。今は廃刊になってしまった「ダ・カーポ」の創刊当時の数冊とか、タイトル不明だがでっかく表紙に「AZ」と書いてあるSF百科とか、懐かしい本がいっぱい見つかる。

カリフォルニアに滞在した際、"Barnes & Noble"などの大型書店によく行っていた。あっちの書店はどこもかしこも天井が高くて、天井いっぱいまで本が詰まっている。平日の昼間なんかに行くと、書架の前に座り込んで読みふけっている若者がいて、なんとなく図書館みたいな雰囲気だった。ここはそんな雰囲気を再現している気もする。

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ただし、実際に新刊を購入しようとするとかなりいろいろ問題がある。まず、広すぎてどこにあるのかわからない。最近はどこも検索システムが置いてありここもそうなのだが、あいまい検索ではなく頭からの文字列一致なので書名がうろ覚えだと探せない。また、蔵書が多すぎて管理が行き届かない様でつい最近刊行された本でも、痛みのひどいものが放置されていたりする。すなわち「普通の本屋」として使うには、かえって不便という皮肉な結果となっている。バイクは2,000円分購入で1時間駐車無料。逆に1時間しか時間がないので、購入候補の本探しているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。

あと、オタク系はほとんど皆無といっていい。特撮・アニメムックもなければラノベもないし、幼児向け雑誌もない。一部有名コミックスとSFのコーナーがあるくらい。最近twitterでオタク文化とサブカルチャーを区別すべきみたいな発言を見たが、そういえばかつてはそうであった事を思い出した。いつの間にかオタク文化もサブカルチャーに含む様になっていて、こっちもそれに慣れてしまっていた。何となくここはそんな線引きを頑なに守ってる様に思えた。

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ついでにDVDレンタルにも行ってみた。何でも「DVDになっていなかった名作を店頭でDVDにして、すぐに受け取れる」というのでメニューを探ってみたが、自分の欲しい映画は無かった。棚を眺めてみるとビデオの在庫があったので、おそらくこれから起こすのであろう。でも新宿TSUTAYA がオープンした時の衝撃はなかったなあ。

深夜にもかかわらずカフェには少なからず客が入っていた。さすが代官山。でも、本好きな人が集まってるようには思えなかった。

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