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手塚治虫の短編が好き

現在、講談社から定期的に刊行されている手塚治虫文庫全集。元は昭和50年頃以降にB5サイズで刊行されていたもので、今回は文庫サイズでのリイシューになる。手頃なのでたまに買って読むが、欠かさず買ってしまうが短編集。これがまた何バージョン目かの買い替えだったりする作品ばかりで、指向性というもんはほんと変わらんなあ。私は幼小の頃から手塚治虫の短編が大好きだった。

■ザ・クレーター
ザ・クレーター (手塚治虫文庫全集 BT 45)

少年チャンピオンと少年ジャンプはほとんど同時期の誕生で(正確にはジャンプが1年早い)、私的にこの時期は週刊少年マンガ雑誌が3誌から5誌の時代に移行したと同時に、付録付き月刊誌時代の終焉でもあるという点でターニングポイントだったと思っている。

同作はチャンピオンに創刊期から連載されていたSF系短編の連作。テーマや設定に一貫性はなく、主人公がオクチン(奥野隆一)という少年(場合によっては青年)である点だけが共通しているが、そうじゃない場合もある。発表当初は恐怖マンガとして括られていて、確かに恐怖心をあおる展開が多いのだがその内容の幅広さは到底その一言では表現しきれないと思う。因果応報話や絶望的な結末が多い中、時折明るくほほえましいエピソードも散見される。子供の頃は、そんなオチャメな手塚世界がとても好きだった。今回の文庫化で未収録だったエピソードも収録されて初の完全版となっている。

「オクチンの奇怪な体験」
手塚治虫の描く幽霊はどれもとってもキュート。謎の女子幽霊に憑依されたオクチンのお話で映画「転校生」のような男女入れ替わり物の系列でもある。オチは最初から読めているがそれでもこうなければ、と納得のいくラスト。「やけっぱちのマリア」の原型かもしれない。
「大あたりの季節」
こちらもまた、オクチンの恋愛話を軸に展開する時間をテーマにしたストーリー。過去にさかのぼって歴史を改変できた場合、改変された世界にいる人たちの主観で世界は一体どう見えているのか、そうした観点で書かれたと思われるお話。でも、むずかしい事はひとつもなく実に愛らしい話で、小学生だった私はどこかにほんとにこんな○○が無いものか、と夢想したものだった。

他に、どこか間の抜けた侵略者が独自に得たいびつな地球の情報に惑わされ秀逸なオチへとつながる「紫のベムたち」「三人の侵略者」なども、愛すべき短編である。一気読みしてダレる事のない、非常に優れた短編集であると思う。

■ライオンブックス

ライオンブックス(1) (手塚治虫文庫全集 BT 28)ライオンブックス(2) (手塚治虫文庫全集 BT 29)ライオンブックス(3) (手塚治虫文庫全集 BT 30)

こちらはジャンプの創刊期に不定期に連載されていた短編の連作。チャンピオンとジャンプは共に創刊期に、真っ先に手塚氏の短編を掲載していたという事実が大変おもしろい。「ザ・クレーター」が毎週読み切りだったのに対し、こちらは長短様々で作品によっては短期連載の形式をとっていたものもあった。それ故かご本人いわく作品の出来にバラツキがあるらしい。またSFテーマだけでなく、動物ものや人情噺などが含まれているのも特徴。

「百物語」
短編のみならず、手塚氏の全著作の中でも5本の指に入るくらい好きな長編。とにもかくにも話がキュート。当時も人気があったらしく、いち早くジャンプコミックスの枠で単独でコミックス化されている。
うだつの上がらない侍が、切腹の直前に人生のリセットのために3つの願いを叶える代わりにタマシイを奪う契約を悪魔と交わすというお話。ある意味「どろろ」のテーマの変形でもあるし、氏が初期から取り組んでいた手塚版「ファウスト」のバリエーションでもある。(実際、朝日新聞社から文庫化された「ファウスト」に同時収録されていた)。
で、この悪魔がスダマというセクシーな美女というのが手塚氏らしいところなら、スダマが侍に恋してしまうと言う展開も手塚氏らしいところ。名誉出世のはかなさだとか、本当の愛とはとかいろんなテーマが入っているものの、それよりもただひたすら人間に恋した悪魔を描きたかったのだと思う。言うまでもなくスダマが超キュート。

他に『ポルターガイスト』という専門用語を我々に知らしめた「あかずの教室」、重苦しい展開でありながら希望の持てるラスト「荒野の七ひき」など、傑作佳作多し。反面「マンションOVA」など尻切れトンボ感がぬぐえないものもあり、氏自身の感慨どおり。

■タイガーブックス

タイガーブックス(1) (手塚治虫文庫全集 BT 115)タイガーブックス(2) (手塚治虫文庫全集 BT 116)タイガーブックス(3) (手塚治虫文庫全集 BT 117)タイガーブックス(4) (手塚治虫文庫全集)

ライオンブックスと対を成す短編集という意味でこの名がついているが、実は「タイガーブックス」という連載があった訳ではなく、単行本にまとめる際に便宜的につけられたタイトルらしい。なので、年代から掲載誌までバラバラ。どういう訳か動物ものの短編が多く収録されている。

「ガラスの脳」
何度も書いてるが、私の少年期は手塚氏の描く女の子のキャラクターにときめきを感じる傾向にあった。幼少期は「ジャングル大帝」も好きだったけど、「リボンの騎士」にはやはり何とも言えない甘酸っぱいものを感じていた。だから、自分が性というものを意識したきっかけも実は手塚マンガだった。いわゆる「ヰタ・セクスアリス」である。そのきっかけとなった作品のひとつがこれ。
映画化もされているので有名な作品だと思うのだが、当時掲載誌(たしか少年サンデー)を塾で読んでどうしようもなくむずかゆい思いを覚えたものだった。その理由がわからなくて、何度も何度も読んだ記憶がある。この時期手塚氏は児童への性教育に積極的で、「やけっぱちのマリア」「アポロの詩」などを通じて少年誌上でアカデミックな性の秘密を堂々と説いていた(赤ちゃんはどうやって生まれるか、とか)。実は「ふしぎなメルモ」も元は性の啓蒙がテーマだった。そんな作品を読んじゃあ何とも言えないむずかゆい思いに捕らわれていた思春期の入口だった。

「るんは風の中」
ポスターの中の女の子と恋するお話。こう書くと今だと二次元コンプレックス話にしかならないけど、ちゃんとファンタジーとして成立している点が素晴らしい。しかも二次元キャラであるるんはちゃんとしゃべる。身も蓋もない言い方すれば妄想話以外の何物でもないが、読後は非常にさわやか。そして当時の私にとっては恋愛はファンタジーと同次元の話だった。

他にもキュートなお岩さんが登場する「四谷快談」、スーパーヒーローマンガ「ハヌマンの冒険」など。ハヌマーンと言えばウルトラ兄弟と共演したタイの宗教系ヒーローがいるが、それとは無関係に書かれたであろうこちらのハヌマンもヒーロー然として描かれている点が興味深い。数々の特撮関連マンガも描いている氏らしい一編。また、大半を占める動物ものはどれも傑作。

■アバンチュール21
アバンチュール21 (手塚治虫文庫全集)
これは正確には短編集ではなく、学研の学習雑誌に連載されていた同名長編にいくつかの短編を合わせて1冊にしたもの。どうしても書きたい1編がここに含まれているため取り上げた。

「7日の恐怖」
ある日自分の部屋以外の世界が消えうせてしまう。自分の部屋から外は完全な『無』。神が今の人類の歴史に絶望しリセットをかけた。だが、手違いで一人だけ消去から漏れてしまった少年がいたというお話。
これを読んだ時、恐怖のドン底に突き落とされた。トラウママンガという事であれば、まず第一にこれを上げる。手塚氏のマンガは時折、とてつもなく深いテーマに足を踏み入れる場合がある。その際たる例が「火の鳥」で、友達の家にあったCOMコミックスを読んでしまって途方に暮れて帰宅した事が何度もあった。これを読んだ後1年くらい、私は自分の部屋を閉め切って寝る事ができなくなった。ちなみにオチは本当に心の底から安堵できるものであった。
今から思えばこの時感じた恐怖は、自分が立脚しているこの世界がもしかするとものすごい脆弱なものなのかもしれない、そして、それはある日本当に消えうせてしまうかもしれないという不安感だったのだろう。もしかすると後にP・K・ディックにはまり込む素地は、この時養われたのかもしれない。
手塚氏は性や恋愛だけでなく、こうした哲学的な領域までも目を開かせてくれていったのだと思う。

■メタモルフォーゼ
メタモルフォーゼ (手塚治虫文庫全集 BT 140)
少年マガジン誌上で変身をテーマとした短編の連作として連載された。それに変身をテーマとした短編を加えて1冊としたもの。カフカの「変身」から連想された「ザムザ復活」など、間違いなく氏得意のテーマ。

「おけさのひょう六」
手塚氏と少年マガジンの「W3」を巡る断絶は、歴史上の事実として有名な話。この短編はその雪解けの証として久しぶりにマガジン誌上に掲載されたものである。その号(1974年4月21日号)には同時に巻頭グラビアとして手塚氏のマンガ作品を何十ページにも渡って集大成する特集が掲載されていた。この後、マガジンはちばてつやや川崎のぼるなどの巨匠の集大成特集を定期的に掲載するが、その嚆矢となったのがこの特集であった。またこの頃はオイルショックの影響下にあり、軒並み週刊マンガ誌はそれまでの半分以下の厚さとなっていた時代(しかも定価は100円から若干値上がり)。記憶によればこの号から定価が150円となり、厚さが通常に戻った。そんなこんなで目が覚めるような1冊だった事を未だに思い出す。

ところで「メタモルフォーゼ」は雪解け後の70年代後半のマガジン誌上での連載。この後一大傑作「三つ目がとおる」が生まれ、手塚氏の何度目かの黄金期となるわけだが、私はラブコメ路線と長編化した「野球狂の詩」などに魅力を感じず、幼少期からその精神性をはぐくんでくれた少年マガジンからついに離れる事となる。時に昭和50年、私は中学を卒業する年齢になっていた。

代官山・蔦谷書店

代官山に大型書店・蔦谷書店(T-SITE)がオープンしたというので行ってみた。

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子どもの頃から本屋に行って新しい雑誌の匂いをかぐのが好きだった。今でもしんどい事があると、書店に行き雑誌の匂いをかぐと不思議と落ち着く。なので、深夜の大型書店は自分にとって心のオアシスなのである。ここは深夜の2時まで営業しているというので、夜中にバイク乗って行ってみた。

代官山T-SITE

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旧山手通りをずっと南下していき、246を通り過ぎると代官山エリア。さすがに午前0時を過ぎると真っ暗だが、しばらく走ると上の写真のように煌々と灯りのともっている一角が現れる。

2階建ての建物が3棟あり、それぞれ陸橋で繋がっている形。それぞれ1Fが書店で2階はCDセル&レンタル、カフェ、DVDセル&レンタル(要するに普通にTSUTAYA )。あとファミマも併設。店内写真も取りたかったけどさすがに不可能。

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ここの売りは膨大な蔵書もさる事ながら、何と言っても有名雑誌のバックナンバーがずらりと展示されている事。それが販売されているのか単なる展示なのかわからないけど、それを眺めてるだけでもあっという間に時間が過ぎてしまう。今は廃刊になってしまった「ダ・カーポ」の創刊当時の数冊とか、タイトル不明だがでっかく表紙に「AZ」と書いてあるSF百科とか、懐かしい本がいっぱい見つかる。

カリフォルニアに滞在した際、"Barnes & Noble"などの大型書店によく行っていた。あっちの書店はどこもかしこも天井が高くて、天井いっぱいまで本が詰まっている。平日の昼間なんかに行くと、書架の前に座り込んで読みふけっている若者がいて、なんとなく図書館みたいな雰囲気だった。ここはそんな雰囲気を再現している気もする。

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ただし、実際に新刊を購入しようとするとかなりいろいろ問題がある。まず、広すぎてどこにあるのかわからない。最近はどこも検索システムが置いてありここもそうなのだが、あいまい検索ではなく頭からの文字列一致なので書名がうろ覚えだと探せない。また、蔵書が多すぎて管理が行き届かない様でつい最近刊行された本でも、痛みのひどいものが放置されていたりする。すなわち「普通の本屋」として使うには、かえって不便という皮肉な結果となっている。バイクは2,000円分購入で1時間駐車無料。逆に1時間しか時間がないので、購入候補の本探しているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。

あと、オタク系はほとんど皆無といっていい。特撮・アニメムックもなければラノベもないし、幼児向け雑誌もない。一部有名コミックスとSFのコーナーがあるくらい。最近twitterでオタク文化とサブカルチャーを区別すべきみたいな発言を見たが、そういえばかつてはそうであった事を思い出した。いつの間にかオタク文化もサブカルチャーに含む様になっていて、こっちもそれに慣れてしまっていた。何となくここはそんな線引きを頑なに守ってる様に思えた。

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ついでにDVDレンタルにも行ってみた。何でも「DVDになっていなかった名作を店頭でDVDにして、すぐに受け取れる」というのでメニューを探ってみたが、自分の欲しい映画は無かった。棚を眺めてみるとビデオの在庫があったので、おそらくこれから起こすのであろう。でも新宿TSUTAYA がオープンした時の衝撃はなかったなあ。

深夜にもかかわらずカフェには少なからず客が入っていた。さすが代官山。でも、本好きな人が集まってるようには思えなかった。

ダニエル・ラノアという音像

Sound & Recording Magazine (サウンド アンド レコーディング マガジン) 2012年 03月号 [雑誌]

今月発売の「サウンド&レコーディング・マガジン」がダニエル・ラノアの特集だったので、買ってみた。よく知人のミュージシャン宅に置いてあったりした本誌ですが、私が買ったのは初めて。何でも1月に初来日してライブをやってったらしい。くそう、行きたかったな。

なんでこの人にこだわるかというと、80~90年代にかけてこの人が関わった音を一番好んで聴いていたから。20代の半ば頃突然U2の「ヨシュア・トゥリー」が大好きになってその年(1986年)はほぼ1年中聞く事になる。で、そのまんまU2ファンにスライドするのだけど、前作「焔」のお城で録音したというあまりに深くて広い音像とか、「ヨシュア~」の寒々とした空気感(当時洋楽の知識が全くない知り合いの女の子が『これ寒いとこの音楽だね』と言ったのは、あまりの慧眼さに未だに覚えている)とか、これは一体何なんだろうとずっと考えてた。当時はプロデュース役がずっと一緒にやってきたスティーヴ・リリーホワイトからブライアン・イーノにバトンタッチされ、彼らの隠れていたポテンシャルをグッと引き出し好セールスに繋がった事が話題になったばかり。デヴィッド・ボウイからトーキング・ヘッズまで、イーノが関わるとアーティストの音は劇的に進化/深化する。そして、そのアルバムはどれもが名盤となるので私の中でプロデューサーとしてのイーノの信頼は絶大だった。だから、U2もまたそんなイーノのマジックによって大化けしたのかな、と一応は納得した。そんな頃はラノアの存在はほとんど歯牙にもかけなかった。

ある日、業界の知人から何本かサンプルのテープをもらう。その中の1本にダニエル・ラノアの2枚目のソロ・アルバム「フォー・ザ・ビューティ・オブ・ウィノナ」があって、1曲目の「THE MESSENGER」聞いて目から鱗がボロボロ落ちた。自分が今まで持ってかれてたのは、U2やイーノの仕事よりもラノアの仕事なのだと知った瞬間だった。

その後調べていくとピーター・ガブリエルの出世アルバム「SO」のエンジニアも彼だとわかった。「SO」なんてその年(1987年)ほぼ1年中聞いてたアルバムだし。(当時は気に入るとずっとそのアルバムを毎日聴いてたんだな)

何と言ってもその圧倒的な「音像」感。音の奥の奥にまで奥行きがあって、その真ん中で音が鳴り響いているという感覚。例えば「焔」のアルバムタイトル曲で聞かれるズドン!という深さを持ったオケヒット(これが本物なのかシンセなのか謎なんだけど多分両方のミックス)とか、同じくオーケストラのクレッシェンドしてくるピッツの音の立ち方とか、「THE MESSENGER」の光の明滅の様に遠くで鳴っていてるスネアのような音とか、これらにずっと身をゆだねていると自分の内面の深いところにフェードインしていくような錯覚すら覚え実に心地よい。こうした立体感を持った音像構築へのアプローチという点では、私には冨田勲氏との共通項も見えてくる。ところで昨年公開された「GET LOUD」という映画では、ジ・エッジは自身のギタープレイを語る際にほとんどエコーとディレイの話しかしないのだけど(笑)、そりゃあさぞかしラノアとの相性もよかったんだろなあ。

今回のサンレコの特集でラノアのこれまでほとんど謎だった来歴がわかった。何とラノアを見出したのはブライアン・イーノその人だった。U2のアメリカン・ルーツ・ロックへの憧憬がラノアに辿り着いたと思いこんでたけど、実はイーノがラノアをU2に紹介したのだと。なるほどなあ。そのサウンドスケープ感覚は、イーノが提唱する環境音楽にすんなり繋がる。

以下ラノアが絡んだアルバムを列挙します。

■FOR THE BEAUTY OF WYNONA/DANIEL LANOIS(1993)
フォー・ザ・ビューティ・オブ・ウィノナ
ラノア、ソロ2枚目。ミニシアター系映画のビジュアルの様なジャケ、美しいメロディ、シンプルなバンド構成、そして音像。一アーティストとしても充分に存在感を示した完璧な1枚。歌詞にベアトリス(多分ダル)とか、トニ・ハリディとか同時代の有名女優やミュージシャンが出てくるが当時交流があったのか、それとも単なるファンなのか。なのでウィノナというのもウィノナ・ライダーかと思いきや、どうやらこれは地名らしい。

■ACADIE/DANIEL LANOIS(1989)
アカディ
ラノア、ソロ1枚目。個人的に後追いで聞いたせいか、あまり強い印象はない。ラリー・ミューレンJrとアダム・クレイトンのU2リズム隊が参加。あとブライアン・イーノ他、弟のロジャー・イーノも参加している。そう言えば「ヨシュア~」の製作過程を追ったDVD「クラシック・アルバム」では、ラノア飛び入りのU2ライブの映像がちょっとだけ見れる。

■ROBBIE ROBERTSON(1987)
Robbie Robertson
ザ・バンドのリーダー、ロビー・ロバートソンのソロデビュー作。U2メンバーがフル参加しているのが2曲と、トニー・レヴィン、マヌ・カッチェ、そしてピーガブ本人やら「ヨシュア~」「SO」2大ヒット作の面子が一堂に会する豪華な1枚。しかし、ロビー自身の華の無さのせいかアルバム全体の印象は地味。でも音世界はしっかりラノア。「ヨシュア・トゥリー」メガヒットの直後のリリースであるが、まさか二匹目のドジョウを狙ったか。その後ハウイー・Bなど売れっ子を起用する事が多かったので、一層その印象を強くする。

■SO/PETER GABRIEL(1986)
So
今さら何をかいわんやの圧倒的名盤。アバンギャルドと俗っぽさの融合、プログレとモータウンの幸せな出会い。あまりに売れすぎてポップアルバムとして軽視されがちだが、このアルバム内で行われている事はほとんど奇跡と言っていい。この年「ジャパン・エイド」で来日する訳だが見に行ったよなあ。ちなみにラノアの仕事として聴き直してみると、まだそれほど彼のカラーが出ている訳ではない。あと、トニー・レヴィン最高。大好き。

■THE UNFORGETTABLE FIRE/U2(1984)
Unforgettable Fire
U2、イーノ、そしてラノア。3つの才能がここに集結!世界はほんとに素晴らしい。ヒット曲「プライド」に隠れがちだが、このアルバムの真価はアルバムタイトル曲「焔」にあり。アイルランドの古城にオーケストラを招き入れ、それをバック・トラックとして鳴らした余りに贅沢なバンド・サウンドの深さを堪能すべし。ところで映画「GET LOUD」では、ジミー・ペイジが「MISTY MOUNTAIN HOP」のドラムの録音について語るくだりがある。そう、あれもまた、深い。

■THE JOSHUA TREE/U2(1984)
ヨシュア・トゥリー
今さら(以下同文)。ここまで挙げたアルバムはどれも80年代ド真ん中の作品にあって、あの最先端なゲート・リヴァーブを使ってないのよね。私があの頃U2に絶対の信頼を置いたのも、軽薄短小・軽佻浮薄な風潮にあって実に地道である意味時代遅れな音楽をやってる点だった。サンレコの記事によればラノアもまた、流行を追随する事なく自分のサウンドを磨いていた男だったらしい。そんな男たちが奇跡の出会いを経て時代を制した記念すべき1枚。間違いなく墓場に持っていく一枚だかんね。ちなみにCDとLPのアートワークは当時から違うのよ。

こうして見てみると、どれもジャケがモノトーン系(ないしはそれに近い)なのも面白い。これらは、20代~30代にかけて一番愛でてきた音たち。今回サンレコの記事をきっかけにいろいろと聞き直す事ができて楽しかったわ。あと、「GET LOUD」に関しては書かないと気が済まないんで、次回書くからね。BDも買ったし。

野口竜さんのこと

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年明け早々、特撮系デザイナー・イラストレーターの野口竜さんの訃報が流れた。レッドバロン・カゲスターや初期戦隊シリーズ・宇宙刑事シリーズなどのモンスターデザインや劇中イラストで知られる方である。

実は一時期、個人的に親しくさせていただいた事があった。30代になって初台に越したばかりの頃、自分のピアノの師匠である故・針生正男氏に紹介いただいたのだ。師匠は職業作曲家でもあり、何かの仕事で野口さんとご一緒し以来意気投合したのだそうだ。

もう一人、S氏という演出家と3人いつも一緒で、私もまだ独り身で身軽だった故、夜となく昼となくお茶などに付き合わせていただいた。当時S氏の住まいが私のマンションと甲州街道をはさんで反対側にあり、そこによく遊びに来ていた師匠に呼び出されたものである。師匠は若いエレクトーンの先生なんか連れててね(笑)。

新宿にあった野口さんのマンションにも、たびたびお邪魔した。まだ放映前の番組の企画書や、劇中イラストの本物などを見せていただいた。特に魔空空間などの背景で使われた幻想的なイラストなどは、実際そんなに大きなサイズのものではなかったけど、美しい仕上がりでため息が出るほどだった。

この時期は戦隊で言えばジェットマンからジュウレンジャーあたり、メタルヒーローで言えばブルースワットを手がけていたあたり。まさにテレビで見ている現在進行形の仕事を目の当りに見せていただけた贅沢な時間だった。なので、都合3年間くらいは押しかけていた事になる。ちょうど東映特撮デザインをメインで勤めていた最後の時期なので非常に多忙であり、師匠と遊びに行く計画を一応はたてるのだけど、仕事の都合で当日にならないと訪問が可能かどうかはわからないという条件付きだった。しかしドタキャンになった記憶は一度もなく、多忙でありながらも時間を作って約束を守ってくれたのであろうと、今にして思う。

実にやさしいお人柄で、一度も怒った様子を見た事がなかった。業界のことなど何ひとつ知らない私のいっぱしの論説を否定する事もなく聞いてくれたり、お部屋にある献本などを惜しげもなくださったり、当時の私は実に傍若無人なダメヲタクだったが(笑)イヤな顔ひとつせず丁寧に応対してくださった。

その後師匠は1997年に突然他界し、あろう事か時期を同じくしてS氏も他界してしまう。野口さんには師匠の告別式や、弟子たちによる師匠の追悼コンサートにも来ていただいたのだが、以来疎遠になってしまい、今日まで過ぎてしまった。近年はイベントなどで名前を見かける事が多く、久しぶりにお会いしにいこうかと考えていた矢先の訃報だった。

そして本日お通夜に参列する事ができた。先週ふと思い立って出席した新年会の場で、本日の情報を得る事が出来たのだ。その場に行かなかったら参列できなかったわけだから、何とも巡り合わせである。

手を合わせながら、3人のおじさんたちに弄られながらも可愛がられた日々を思い出していた。ちょうど私も独立して、都心に住み始めたばかりの頃で、若かったしやりたい事いっぱいやって毎日が楽しくてしかたなかった。そんな日々に、いろんな話を聞いてくれて時には叱咤激励もしてくれた人生の先輩たち。私はもうちょっとで、当時のその人たちの年齢に手が届く。実は3人とも独身であった。正直その頃はそのことが少々気になりもしたが、そんな私も今は所帯持ち。

野口さん、あの時はほんとうにありがとうございました。今頃はあの世で針生師匠やらと久しぶりに会って、あの頃のように3人でお茶してたりするんでしょうね。今思い出した、そう言えば3人とも下戸でしたね(笑)。毎年戦隊VSシリーズだけは劇場いかずDVDで見るのが常でしたが、今年は劇場に行く予定です。当時のような劇中イラストの新作を書きおこされたとの事で楽しみにしています。ご冥福を祈ります。

<2012/1/13追記>
うちにある縁の品などの画像を追加しました。

一番左は針生師匠の追悼コンサートの打ち上げの席で、手持ちの五線紙に書いていただいたイラスト。ムーミンが書かれてるのは若かりし頃テレビマガジンで連載を持っていたから。真ん中のオバQは、スタジオゼロ所属時代に描いていたから。ある人いわく、「正真正銘の初期のオバQ。全然かわいくない。」まさに。そう言えばこの頃のオバQは毛も3本以上ある。

真ん中は、針生師匠とS氏が晩年に行ったマレー旅行の記録。この表紙イラストと編集作業が野口さんの手による。ほんとに3人仲良かったんだなあ。

一番右はキングのSF特撮TV音楽大全集12のレコジャケとポスターにいただいたサイン。このレッドバロン、よりによって腕もげ状態ってどうよ。

ライティングのお仕事

11月にライティングの仕事をやってみました。これまで私はSEの仕事でしか収入を得た事がなく(一時期、ほんのちょっと音楽で稼いだ事はあったけど)、その意味では生まれて初めての副収入の道。かと言って「ライターデビュー!」などとはしゃぐつもりはさらさら無いです。何しろどういう訳か私の周りには、その筋には名の通った立派なプロライター諸氏がいっぱいいて、その人たちに比べれば稼ぎもクオリティも実績もまだまだ全然足元にも及ばない。

11月頃に副収入の道を模索するために、とある仕事のマッチングサイトに自分及び会社の名前を登録した。本業の空き時間に出来るシステムの開発仕事を得る事が目的だったんだけど、予想外も予想外、資格欄に書いた”薬剤師”の文字に対して依頼が来た。

作業の内容は、薬剤師の転職サイトに掲載する記事をテーマ毎に書くというもの。ネット掲載とはいえ立派な商業文章である。パソコン通信の時代から思うままに駄文はいっぱい書いてきたものの、商業文章など全く初めての事。当初は数百文字の1記事を書くのに2~3時間もかかってしまったが、最後の方はだいたい30分くらいで書けるようになった。ネタを仕入れる為に休日に図書館に行って業界紙を調べたり。

おかげ様でクライアントさんには気に入っていただけて、先日その分の入金がありました。しかもありがたい事にまた同じテーマで追加の発注を受け、目下鋭意取り汲み中です。

これまでピンとこなかった知人のライター陣の言動や行動が、ちょっぴり理解できた気がしたりして。何にしろ、副収入の道が開けた事は喜ばしい事です。

12/11 中島みゆきカバーバンド Elaine(エレーン)ライブセットリスト

おかげさまで日曜のライブイベント無事終了いたしました。来てくださった皆さん、お忙しい中ありがとうございました。

ライブの日というのは、賞味1時間そこそこの本番パフォーマンスのみならず、朝起きてから打ち上げ終わって家帰るまでのすべてがイベントです。それはまるで1編のショートムービーの様なもの(大友克洋のマンガにもありました)。終わってみれば実に楽しい1日でした。

朝イチバスに乗って新中野の弁天に向かったんだけど、実はそのバスに忘れ物をしてしまった。幸いにしてバスが戻る中野車庫はライブハウスのある十貫坂上の隣。リハ後こっそり、受け取りに行ってきた、なんて事もあった。

12月の土日なのでイベントの重なりも多く、集客には少々苦戦しましたが、個人的には満足の行く演奏ができました。こんな事滅多にない。3バンド入り乱れた打ち上げもおもしろかった(^^)。

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■ライブイベント「冬のマチネ」
(2011/12/11 新中野・live cafe 弁天 12:30~15:15)
中島みゆきカバーバンド・Elaine(エレーン)
<set list>

01.悪女
02.ファイト!
03.横恋慕
04.ひとり上手
05.あの娘
06.シュガー
07.誕生
アンコール
08.明日天気になあれ

対バン:十六夜、健康ランド

[告知]12/11 中島みゆきカバーバンド Elaine(エレーン)でライブ出ます

もう今週末になりますが、中島みゆきのカバーバンドでライブ出ます。SE仲間で音楽仲間の若山氏(mixi名はちょんぼう)のお誘いで参加して半年間くらい。案外早くライブまで来たなあ。

あんまりよく聞いていないけれど、中島みゆきは音楽的な振れ幅の大きい人で、思っていた以上に時代の音に敏感なところがあるとやってて思った。今回はそんないろんな時代の代表曲をやります。
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ライブイベント「冬のマチネ」

2011年12月11日(日) Open 12:00 Start 12:30
新中野 Live Cafe 弁天
Charge:\1,500 + 1 Drink:\500

12:00 Open
12:30~13:15 十六夜
13:30~14:15 健康ランド
14:30~15:15 Elaine
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対バンご紹介。十六夜は若山氏と私の共通の知人の女性2人を中心とするオリジナル曲のバンド。私はこのバンドのドラムのプレイがとっても好きなのです。

健康ランドは知り合いのファンクバンド。劇伴バンドG-Session の中澤氏やkyon-Cさん経由のつながりですが、G-Session のライブもお手伝いしてもらったりと、なんだかんだで交流が長い。何つってもステージングが最高に楽しいし、サウンドが非常にクール。

年末押し詰まった折でもあり、他のイベント集中する時期でもありますが、よろしければ是非。きっと、おもしろいイベントになると思います。場所はいつもG-Session がライブする新中野の弁天です。いや、まさかG-Session 以外でここ出るとは思わんかった。

今回はピアノに集中してバッキング組み立ててみた。スタジオ録音の音源の再現を目指してシンセで似た音探してという作業は、バンドメンバーやお客さんはとっつきやすい半面、弾いてる方は自分のフレーズでないのでどっか心許ないのです。やはりとつとつと自分で音探して、という方のが弾いてて手ごたえがある。なので今回は基本ピアノ一本でやりとおしてみました(ちょっとだけ違う楽器加えますけど)。

いつもだと時間に追われて不本意な出来になってしまうのが常だけど、今回は割と納得いくまで出来たかな。それにしても己の力量のなさよ。

それでは、よろしくお願いします。

「ラストコンサート」サントラ盤復刻

ラストコンサート オリジナル・サウンドトラック 完全盤

先日タワレコよったら「ラストコンサート」のサントラが置いてあった。現在は廃盤となった日本映画のサントラを復刻する「富士キネマ」というレーベルがある。以前に「幻の湖」とか買った。その洋画ラインという事で、このたび生まれたのが「キネマ・ド・フジ」。はっきり言ってネーミングにひねり無さ過ぎだが、そのリリース第一弾という事だ。栄えある第一弾に選ばれるとは、この映画そんなにカルト人気があるのだろうか?

「ラストコンサート」は日本ヘラルド配給の日伊合作映画で1976年に公開された。落ち目の中年ピアニストと不治の病をかかえた若い女性との悲劇的な純愛ロマンスである。ラブロマンスものなどほとんど眼中にない私であるが、何故かこの映画だけは大好きなのである。

その理由のひとつが、この映画が”音楽映画”としての側面を持つ事。劇中に現実音楽として登場するピアノ曲の中に、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲 第二番」のフレーズが引用される。ラフマニノフと言えばクラシックの作曲家としても比較的近年に属する人で、厳格なクラシック・ファンからは「映画音楽」と言われ見下されていたりもしているそうだ(私からすればそれは最高の褒め言葉なんだけどね)。なので、逆に映画とは非常に親和性が高く、たびたび印象的に使用される。有名なところでは、スーパーマンことクリストファー・リープ主演の「ある日どこかで」という一部にカルトな人気を持つ映画での使用。「パガニーニの主題による狂詩曲」が、かなり重要な”役どころ”で流れる。ところで「ラストコンサート」における引用は、実は公式には明言されていない(と思う)。中年ピアニストが再起をかけてコンクールに応募するという曲のフレーズとしてそれは登場するので、もしかするとこれは”あまり大きな声で言えない事”なのかもしれない。

私はこの映画を大学の頃に偶然テレビで見た。中年ピアニストが何故かカッコよく思えて、大変にあこがれたもんだった。コンクールでの演奏中に、舞台そでで聞きながら息絶えるというラストシーンには滂沱の涙を流した。その頃ロックやアニメ特撮に交じって、ラフマニノフのピアノ協奏曲全集の箱ものセットを買ったりしてるんだが、多分この映画が影響したんだと思う。

_1_2_2ラストコンサート [DVD]

最後に音盤ネタ。今回復刻となったサントラ盤の元LPの他にシングルがある(画像左)。A面がテーマ曲をバックにピアニストとヒロインの会話が延々フィーチャーされている、というちょっと変わったもの。CDではボーナストラックとして収録されているので、もしかするとシングルのみの音源なのかもしれない。B面には普通にテーマ曲「St. Michel」が収録されてるが、言い忘れたがこのテーマも一度聴いたら思わず口ずさんでしまうくらいの名曲だ。

あと、日本公開時にはアン・ルイスによるカバー盤が存在していた(画像中央)。いい感じのソフトロックに仕上がっていてしかも元の曲がいいので、純粋にシングル曲として通用する。実は私、映画見るより先にこっちの方を知っていたのだ。

DVD(画像右)は数年前に出ているけど、現在はもう廃盤かな。テレビ放映時と新録音の吹き替えが両方収録されていて、新しい方は話題作りで上野樹里が担当してるので、だいたいどんな時期の商品か想像がつく。テレビ放映時の方は横沢啓子。だんぜんこっちのがいい。

さよなら SL-1200

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昨日、長年使用していたアナログ・プレイヤーSL-1200の初代機を手放した。どのくらい長年かというと、大学で下宿を始めた頃くらいだから、優に30年は軽く経っている。当時中古で購入したのだから、実質稼働期間はもうちょっと長いはず。実にタフな奴だった。

SL-1200というのはテクニクスのダイレクト・ドライヴ(以下DD)方式のアナログ・プレイヤー。通常のプレイヤーはターンテーブルの回転をゴムベルトでモーターから伝えるベルト・ドライヴ方式がほとんどであるが、DDはモーターとターンテーブルが直結していて直に回転が伝わる方式の事。SL-1200は世界で最初にテクニクス(現パナソニック株式会社)で作られたDDプレイヤーの後継機であり、ベストセラー機である。

最初の出会いは名古屋・大須の米兵(今では東京にも進出していて有名)。下宿生活を送るにあたり、どうしてもリスニング・システムがほしくて最低限の出費で中古で買いそろえたうちのひとつだった。確かスピーカーはキットの自作だったと思う。

私はあんまりオーディオの知識がなくて、ほんとに偶然に手頃な値段だったので入手したわけだが、下宿に遊びに来た目の肥えた友人が前述の予備知識を教えてくれた。もうその当時で、名機として世に知られていたのだ。

その後上京した際も、これだけは一緒に持ってきた。ステカセ(ステレオのラジカセの事)でほとんど事足りたのだけど、レコードを聞く際にはどうしてもプレイヤーが最低限必要。東京で改めてリスニング・システムを組む前は、これをステカセの外部入力につないでしのいでいた。

ほどなく時代はCDの時代に移り変わり、アナログ・レコードは一時過去の資産として歴史に消えかけた。しかし、DJの時代になって状況は一変。アナログレコードとプレイヤーはクラブシーンを中心に新たな命脈を保つ事となった。

ただそれは世間一般の話で、音楽を聴く事に少なからず時間を割いていた人々の間では、CDの時代になってもアナログをソースの一部として並行して普通に聴いていた人が多かった様だ。かくいう私もその一人。だからアナログで持ってるものを、CDで買いなおすという事はあまりなかったりするのだ。

DJシーンでは特にこのSL-1200が非常に重宝され、80年代以降も後継機が発売されいつしか定番機として定着していった。家電量販店でアナログプレイヤーを見かけなくなった時期に、楽器屋で見かけた時は心底時代の変遷を感じた。

でうちのSL-1200だが一応支障なく再生は出来るけれども、かなり前から時折33回転に回転ムラが生じる様になりそれが気になってはいた。微調整ツマミがついていて、それで安定させる事は可能なのだが、頻度が増えるにつれそれもだんだんにストレスになっていった。一度、大阪の松下本社に直接送ってメンテナンスをしていただいた事がある。量販店で修理を申し込んでも受けてもらえなかったが、直接連絡を取ったら引き受けてくれた。

近年はその回転ムラが、微調整しても安定しない事が多くなった。最近はアナログを直接ソースとして聴く事はほとんどなく、PC取り込みするためだけに利用する事がほとんど。数年前にUSBで直接入力できるプレイヤーを購入して以来、SL-1200もほとんど使用する事がなくなった。

で昨年末引っ越しをした際に、どうにも場所が確保できずとうとう手放す事を決意した。しかし、何というタイミングか、昨年の年末でメーカー自体SL-1200の開発を終了。それに伴い部品の調達ができないという理由で、中古オーディオ専門店は引き取りを中止してしまったばかりだった。

残された道は粗大ゴミかヤフオクしかない。だが、長年使ってきた愛機だけに粗大ゴミはしのびない。でオク出品したところ、幸いにしてリペアして再販売を行っている方に落札されて本日発送したという次第である。おそらく回転ムラはクォーツに問題がある可能性があるとのことなので、基盤レベルからリペアできるスキルが必要らしい。よい人に落札されたと思う。

女房に言わせると、私は異常に物持ちがいいらしいが、これで上京前から使っていた機材は全てなくなった。でもうちにはまだ、小学校の頃から使っているオバQの鉛筆削りがあるもんね。もちろん現役(笑)。というわけで、長い間お疲れ様でした。本当にありがとう。SL-1200。いい機械に巡り合えてオレは幸せ者だったよ。

坂口尚「ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【上】狼の紋章」「【下】狼の怨歌」

ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【上】狼の紋章 (マンガショップシリーズ 428)ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【下】狼の怨歌 (マンガショップシリーズ 429)

お宝名作マンガの制作販売会社として、この平成の乱世にあって地道なリリースを続けるマンガショップより、瞠目すべきアイテムが先月発売された。それが同タイトル。

ウルフガイ・シリーズと言えば平井和正の「幻魔大戦」と並ぶライフワーク。近年ではこの2シリーズも歩み寄りを見せているらしい。そんな一大大河シリーズの最初のエピソードをマンガ化したのが本作。

と思いきや、実は小説よりもこちらのマンガ作品の方が発表が先だったらしい。つまり「幻魔大戦」と出自は同じであったという事だ。

描くは「石の花」「一休」などの坂口尚。私はアニメーター出身であるこの人の描くしなやかな絵が大好きなのだ。

ところで、私は同じアニメーター出身の村野守美の作品も好きである。両者に共通しているのは、コマの前後に動きが見える事。単なる一枚絵ではなく、まるで動画の一シーンを切りとったかのような印象。そのリズム感に身をゆだねていると、いいしれぬ快感を覚えるのだ。

ところで坂口氏が描くキャラのポーズは、いわゆる「金田バース」に似ているが何か関連があるんだろうか?

本作の連載は「ぼくらマガジン」。付録付きの月刊少年誌が相次いで廃刊するというひとつの時代の節目となった昭和44年に、月刊「ぼくら」が転生した隔週刊誌である。

その誌面の詳細をいまさら記する事はしないけど、ちょっとあげてみるとデビルマンの原型となった「魔王ダンテ」、永井豪バイオレンス路線の嚆矢「ガクエン退屈男」、マーベルコミック提携「ハルク」、写真絵物語「謎の円盤UFO」、廃刊後はマガジンに引き継がれる「仮面ライダー」、唯一のさいとうたかを特撮ヒーロー作品の原作「バロム・1」などなど。少年マガジンともぼくらとも違う重要な作品群を排出した。って、十分語ってるなあ。ちなみに「ぼくらマガジン」は「少年マガジン」に吸収される形で消滅した。近年同じ講談社の「マガジンZ」なるヒーローマンガ専門誌のような月刊誌が廃刊となったが、人気作だった「仮面ライダーSpirits」は「月刊少年マガジン」に引き継がれる形で継続。歴史が繰り返されている。

上巻は東宝で映画にもなった基本的なストーリー。下巻は今回初単行本化だが、相当にスプラッタ色が強い。一部ならともかく最初から最後までこうなので、そういうのがお嫌いな方は要注意。当方も結構げんなりしてこっちだけ手放してしまった。

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