My Photo
January 2012
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Recent Trackbacks

無料ブログはココログ

野口竜さんのこと

20120112_120120112_220120112_

年明け早々、特撮系デザイナー・イラストレーターの野口竜さんの訃報が流れた。レッドバロン・カゲスターや初期戦隊シリーズ・宇宙刑事シリーズなどのモンスターデザインや劇中イラストで知られる方である。

実は一時期、個人的に親しくさせていただいた事があった。30代になって初台に越したばかりの頃、自分のピアノの師匠である故・針生正男氏に紹介いただいたのだ。師匠は職業作曲家でもあり、何かの仕事で野口さんとご一緒し以来意気投合したのだそうだ。

もう一人、S氏という演出家と3人いつも一緒で、私もまだ独り身で身軽だった故、夜となく昼となくお茶などに付き合わせていただいた。当時S氏の住まいが私のマンションと甲州街道をはさんで反対側にあり、そこによく遊びに来ていた師匠に呼び出されたものである。師匠は若いエレクトーンの先生なんか連れててね(笑)。

新宿にあった野口さんのマンションにも、たびたびお邪魔した。まだ放映前の番組の企画書や、劇中イラストの本物などを見せていただいた。特に魔空空間などの背景で使われた幻想的なイラストなどは、実際そんなに大きなサイズのものではなかったけど、美しい仕上がりでため息が出るほどだった。

この時期は戦隊で言えばジェットマンからジュウレンジャーあたり、メタルヒーローで言えばブルースワットを手がけていたあたり。まさにテレビで見ている現在進行形の仕事を目の当りに見せていただけた贅沢な時間だった。なので、都合3年間くらいは押しかけていた事になる。ちょうど東映特撮デザインをメインで勤めていた最後の時期なので非常に多忙であり、師匠と遊びに行く計画を一応はたてるのだけど、仕事の都合で当日にならないと訪問が可能かどうかはわからないという条件付きだった。しかしドタキャンになった記憶は一度もなく、多忙でありながらも時間を作って約束を守ってくれたのであろうと、今にして思う。

実にやさしいお人柄で、一度も怒った様子を見た事がなかった。業界のことなど何ひとつ知らない私のいっぱしの論説を否定する事もなく聞いてくれたり、お部屋にある献本などを惜しげもなくださったり、当時の私は実に傍若無人なダメヲタクだったが(笑)イヤな顔ひとつせず丁寧に応対してくださった。

その後師匠は1997年に突然他界し、あろう事か時期を同じくしてS氏も他界してしまう。野口さんには師匠の告別式や、弟子たちによる師匠の追悼コンサートにも来ていただいたのだが、以来疎遠になってしまい、今日まで過ぎてしまった。近年はイベントなどで名前を見かける事が多く、久しぶりにお会いしにいこうかと考えていた矢先の訃報だった。

そして本日お通夜に参列する事ができた。先週ふと思い立って出席した新年会の場で、本日の情報を得る事が出来たのだ。その場に行かなかったら参列できなかったわけだから、何とも巡り合わせである。

手を合わせながら、3人のおじさんたちに弄られながらも可愛がられた日々を思い出していた。ちょうど私も独立して、都心に住み始めたばかりの頃で、若かったしやりたい事いっぱいやって毎日が楽しくてしかたなかった。そんな日々に、いろんな話を聞いてくれて時には叱咤激励もしてくれた人生の先輩たち。私はもうちょっとで、当時のその人たちの年齢に手が届く。実は3人とも独身であった。正直その頃はそのことが少々気になりもしたが、そんな私も今は所帯持ち。

野口さん、あの時はほんとうにありがとうございました。今頃はあの世で針生師匠やらと久しぶりに会って、あの頃のように3人でお茶してたりするんでしょうね。今思い出した、そう言えば3人とも下戸でしたね(笑)。毎年戦隊VSシリーズだけは劇場いかずDVDで見るのが常でしたが、今年は劇場に行く予定です。当時のような劇中イラストの新作を書きおこされたとの事で楽しみにしています。ご冥福を祈ります。

<2012/1/13追記>
うちにある縁の品などの画像を追加しました。

一番左は針生師匠の追悼コンサートの打ち上げの席で、手持ちの五線紙に書いていただいたイラスト。ムーミンが書かれてるのは若かりし頃テレビマガジンで連載を持っていたから。真ん中のオバQは、スタジオゼロ所属時代に描いていたから。ある人いわく、「正真正銘の初期のオバQ。全然かわいくない。」まさに。そう言えばこの頃のオバQは毛も3本以上ある。

真ん中は、針生師匠とS氏が晩年に行ったマレー旅行の記録。この表紙イラストと編集作業が野口さんの手による。ほんとに3人仲良かったんだなあ。

一番右はキングのSF特撮TV音楽大全集12のレコジャケとポスターにいただいたサイン。このレッドバロン、よりによって腕もげ状態ってどうよ。

ライティングのお仕事

11月にライティングの仕事をやってみました。これまで私はSEの仕事でしか収入を得た事がなく(一時期、ほんのちょっと音楽で稼いだ事はあったけど)、その意味では生まれて初めての副収入の道。かと言って「ライターデビュー!」などとはしゃぐつもりはさらさら無いです。何しろどういう訳か私の周りには、その筋には名の通った立派なプロライター諸氏がいっぱいいて、その人たちに比べれば稼ぎもクオリティも実績もまだまだ全然足元にも及ばない。

11月頃に副収入の道を模索するために、とある仕事のマッチングサイトに自分及び会社の名前を登録した。本業の空き時間に出来るシステムの開発仕事を得る事が目的だったんだけど、予想外も予想外、資格欄に書いた”薬剤師”の文字に対して依頼が来た。

作業の内容は、薬剤師の転職サイトに掲載する記事をテーマ毎に書くというもの。ネット掲載とはいえ立派な商業文章である。パソコン通信の時代から思うままに駄文はいっぱい書いてきたものの、商業文章など全く初めての事。当初は数百文字の1記事を書くのに2~3時間もかかってしまったが、最後の方はだいたい30分くらいで書けるようになった。ネタを仕入れる為に休日に図書館に行って業界紙を調べたり。

おかげ様でクライアントさんには気に入っていただけて、先日その分の入金がありました。しかもありがたい事にまた同じテーマで追加の発注を受け、目下鋭意取り汲み中です。

これまでピンとこなかった知人のライター陣の言動や行動が、ちょっぴり理解できた気がしたりして。何にしろ、副収入の道が開けた事は喜ばしい事です。

12/11 中島みゆきカバーバンド Elaine(エレーン)ライブセットリスト

おかげさまで日曜のライブイベント無事終了いたしました。来てくださった皆さん、お忙しい中ありがとうございました。

ライブの日というのは、賞味1時間そこそこの本番パフォーマンスのみならず、朝起きてから打ち上げ終わって家帰るまでのすべてがイベントです。それはまるで1編のショートムービーの様なもの(大友克洋のマンガにもありました)。終わってみれば実に楽しい1日でした。

朝イチバスに乗って新中野の弁天に向かったんだけど、実はそのバスに忘れ物をしてしまった。幸いにしてバスが戻る中野車庫はライブハウスのある十貫坂上の隣。リハ後こっそり、受け取りに行ってきた、なんて事もあった。

12月の土日なのでイベントの重なりも多く、集客には少々苦戦しましたが、個人的には満足の行く演奏ができました。こんな事滅多にない。3バンド入り乱れた打ち上げもおもしろかった(^^)。

----------------------------------------------------------
■ライブイベント「冬のマチネ」
(2011/12/11 新中野・live cafe 弁天 12:30~15:15)
中島みゆきカバーバンド・Elaine(エレーン)
<set list>

01.悪女
02.ファイト!
03.横恋慕
04.ひとり上手
05.あの娘
06.シュガー
07.誕生
アンコール
08.明日天気になあれ

対バン:十六夜、健康ランド

[告知]12/11 中島みゆきカバーバンド Elaine(エレーン)でライブ出ます

もう今週末になりますが、中島みゆきのカバーバンドでライブ出ます。SE仲間で音楽仲間の若山氏(mixi名はちょんぼう)のお誘いで参加して半年間くらい。案外早くライブまで来たなあ。

あんまりよく聞いていないけれど、中島みゆきは音楽的な振れ幅の大きい人で、思っていた以上に時代の音に敏感なところがあるとやってて思った。今回はそんないろんな時代の代表曲をやります。
-----------------------------------------------------------
ライブイベント「冬のマチネ」

2011年12月11日(日) Open 12:00 Start 12:30
新中野 Live Cafe 弁天
Charge:\1,500 + 1 Drink:\500

12:00 Open
12:30~13:15 十六夜
13:30~14:15 健康ランド
14:30~15:15 Elaine
-----------------------------------------------------------
対バンご紹介。十六夜は若山氏と私の共通の知人の女性2人を中心とするオリジナル曲のバンド。私はこのバンドのドラムのプレイがとっても好きなのです。

健康ランドは知り合いのファンクバンド。劇伴バンドG-Session の中澤氏やkyon-Cさん経由のつながりですが、G-Session のライブもお手伝いしてもらったりと、なんだかんだで交流が長い。何つってもステージングが最高に楽しいし、サウンドが非常にクール。

年末押し詰まった折でもあり、他のイベント集中する時期でもありますが、よろしければ是非。きっと、おもしろいイベントになると思います。場所はいつもG-Session がライブする新中野の弁天です。いや、まさかG-Session 以外でここ出るとは思わんかった。

今回はピアノに集中してバッキング組み立ててみた。スタジオ録音の音源の再現を目指してシンセで似た音探してという作業は、バンドメンバーやお客さんはとっつきやすい半面、弾いてる方は自分のフレーズでないのでどっか心許ないのです。やはりとつとつと自分で音探して、という方のが弾いてて手ごたえがある。なので今回は基本ピアノ一本でやりとおしてみました(ちょっとだけ違う楽器加えますけど)。

いつもだと時間に追われて不本意な出来になってしまうのが常だけど、今回は割と納得いくまで出来たかな。それにしても己の力量のなさよ。

それでは、よろしくお願いします。

「ラストコンサート」サントラ盤復刻

ラストコンサート オリジナル・サウンドトラック 完全盤

先日タワレコよったら「ラストコンサート」のサントラが置いてあった。現在は廃盤となった日本映画のサントラを復刻する「富士キネマ」というレーベルがある。以前に「幻の湖」とか買った。その洋画ラインという事で、このたび生まれたのが「キネマ・ド・フジ」。はっきり言ってネーミングにひねり無さ過ぎだが、そのリリース第一弾という事だ。栄えある第一弾に選ばれるとは、この映画そんなにカルト人気があるのだろうか?

「ラストコンサート」は日本ヘラルド配給の日伊合作映画で1976年に公開された。落ち目の中年ピアニストと不治の病をかかえた若い女性との悲劇的な純愛ロマンスである。ラブロマンスものなどほとんど眼中にない私であるが、何故かこの映画だけは大好きなのである。

その理由のひとつが、この映画が”音楽映画”としての側面を持つ事。劇中に現実音楽として登場するピアノ曲の中に、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲 第二番」のフレーズが引用される。ラフマニノフと言えばクラシックの作曲家としても比較的近年に属する人で、厳格なクラシック・ファンからは「映画音楽」と言われ見下されていたりもしているそうだ(私からすればそれは最高の褒め言葉なんだけどね)。なので、逆に映画とは非常に親和性が高く、たびたび印象的に使用される。有名なところでは、スーパーマンことクリストファー・リープ主演の「ある日どこかで」という一部にカルトな人気を持つ映画での使用。「パガニーニの主題による狂詩曲」が、かなり重要な”役どころ”で流れる。ところで「ラストコンサート」における引用は、実は公式には明言されていない(と思う)。中年ピアニストが再起をかけてコンクールに応募するという曲のフレーズとしてそれは登場するので、もしかするとこれは”あまり大きな声で言えない事”なのかもしれない。

私はこの映画を大学の頃に偶然テレビで見た。中年ピアニストが何故かカッコよく思えて、大変にあこがれたもんだった。コンクールでの演奏中に、舞台そでで聞きながら息絶えるというラストシーンには滂沱の涙を流した。その頃ロックやアニメ特撮に交じって、ラフマニノフのピアノ協奏曲全集の箱ものセットを買ったりしてるんだが、多分この映画が影響したんだと思う。

_1_2_2ラストコンサート [DVD]

最後に音盤ネタ。今回復刻となったサントラ盤の元LPの他にシングルがある(画像左)。A面がテーマ曲をバックにピアニストとヒロインの会話が延々フィーチャーされている、というちょっと変わったもの。CDではボーナストラックとして収録されているので、もしかするとシングルのみの音源なのかもしれない。B面には普通にテーマ曲「St. Michel」が収録されてるが、言い忘れたがこのテーマも一度聴いたら思わず口ずさんでしまうくらいの名曲だ。

あと、日本公開時にはアン・ルイスによるカバー盤が存在していた(画像中央)。いい感じのソフトロックに仕上がっていてしかも元の曲がいいので、純粋にシングル曲として通用する。実は私、映画見るより先にこっちの方を知っていたのだ。

DVD(画像右)は数年前に出ているけど、現在はもう廃盤かな。テレビ放映時と新録音の吹き替えが両方収録されていて、新しい方は話題作りで上野樹里が担当してるので、だいたいどんな時期の商品か想像がつく。テレビ放映時の方は横沢啓子。だんぜんこっちのがいい。

さよなら SL-1200

20111004_120111004_220111004_3

昨日、長年使用していたアナログ・プレイヤーSL-1200の初代機を手放した。どのくらい長年かというと、大学で下宿を始めた頃くらいだから、優に30年は軽く経っている。当時中古で購入したのだから、実質稼働期間はもうちょっと長いはず。実にタフな奴だった。

SL-1200というのはテクニクスのダイレクト・ドライヴ(以下DD)方式のアナログ・プレイヤー。通常のプレイヤーはターンテーブルの回転をゴムベルトでモーターから伝えるベルト・ドライヴ方式がほとんどであるが、DDはモーターとターンテーブルが直結していて直に回転が伝わる方式の事。SL-1200は世界で最初にテクニクス(現パナソニック株式会社)で作られたDDプレイヤーの後継機であり、ベストセラー機である。

最初の出会いは名古屋・大須の米兵(今では東京にも進出していて有名)。下宿生活を送るにあたり、どうしてもリスニング・システムがほしくて最低限の出費で中古で買いそろえたうちのひとつだった。確かスピーカーはキットの自作だったと思う。

私はあんまりオーディオの知識がなくて、ほんとに偶然に手頃な値段だったので入手したわけだが、下宿に遊びに来た目の肥えた友人が前述の予備知識を教えてくれた。もうその当時で、名機として世に知られていたのだ。

その後上京した際も、これだけは一緒に持ってきた。ステカセ(ステレオのラジカセの事)でほとんど事足りたのだけど、レコードを聞く際にはどうしてもプレイヤーが最低限必要。東京で改めてリスニング・システムを組む前は、これをステカセの外部入力につないでしのいでいた。

ほどなく時代はCDの時代に移り変わり、アナログ・レコードは一時過去の資産として歴史に消えかけた。しかし、DJの時代になって状況は一変。アナログレコードとプレイヤーはクラブシーンを中心に新たな命脈を保つ事となった。

ただそれは世間一般の話で、音楽を聴く事に少なからず時間を割いていた人々の間では、CDの時代になってもアナログをソースの一部として並行して普通に聴いていた人が多かった様だ。かくいう私もその一人。だからアナログで持ってるものを、CDで買いなおすという事はあまりなかったりするのだ。

DJシーンでは特にこのSL-1200が非常に重宝され、80年代以降も後継機が発売されいつしか定番機として定着していった。家電量販店でアナログプレイヤーを見かけなくなった時期に、楽器屋で見かけた時は心底時代の変遷を感じた。

でうちのSL-1200だが一応支障なく再生は出来るけれども、かなり前から時折33回転に回転ムラが生じる様になりそれが気になってはいた。微調整ツマミがついていて、それで安定させる事は可能なのだが、頻度が増えるにつれそれもだんだんにストレスになっていった。一度、大阪の松下本社に直接送ってメンテナンスをしていただいた事がある。量販店で修理を申し込んでも受けてもらえなかったが、直接連絡を取ったら引き受けてくれた。

近年はその回転ムラが、微調整しても安定しない事が多くなった。最近はアナログを直接ソースとして聴く事はほとんどなく、PC取り込みするためだけに利用する事がほとんど。数年前にUSBで直接入力できるプレイヤーを購入して以来、SL-1200もほとんど使用する事がなくなった。

で昨年末引っ越しをした際に、どうにも場所が確保できずとうとう手放す事を決意した。しかし、何というタイミングか、昨年の年末でメーカー自体SL-1200の開発を終了。それに伴い部品の調達ができないという理由で、中古オーディオ専門店は引き取りを中止してしまったばかりだった。

残された道は粗大ゴミかヤフオクしかない。だが、長年使ってきた愛機だけに粗大ゴミはしのびない。でオク出品したところ、幸いにしてリペアして再販売を行っている方に落札されて本日発送したという次第である。おそらく回転ムラはクォーツに問題がある可能性があるとのことなので、基盤レベルからリペアできるスキルが必要らしい。よい人に落札されたと思う。

女房に言わせると、私は異常に物持ちがいいらしいが、これで上京前から使っていた機材は全てなくなった。でもうちにはまだ、小学校の頃から使っているオバQの鉛筆削りがあるもんね。もちろん現役(笑)。というわけで、長い間お疲れ様でした。本当にありがとう。SL-1200。いい機械に巡り合えてオレは幸せ者だったよ。

坂口尚「ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【上】狼の紋章」「【下】狼の怨歌」

ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【上】狼の紋章 (マンガショップシリーズ 428)ウルフガイ‐THE ORIGIN‐【下】狼の怨歌 (マンガショップシリーズ 429)

お宝名作マンガの制作販売会社として、この平成の乱世にあって地道なリリースを続けるマンガショップより、瞠目すべきアイテムが先月発売された。それが同タイトル。

ウルフガイ・シリーズと言えば平井和正の「幻魔大戦」と並ぶライフワーク。近年ではこの2シリーズも歩み寄りを見せているらしい。そんな一大大河シリーズの最初のエピソードをマンガ化したのが本作。

と思いきや、実は小説よりもこちらのマンガ作品の方が発表が先だったらしい。つまり「幻魔大戦」と出自は同じであったという事だ。

描くは「石の花」「一休」などの坂口尚。私はアニメーター出身であるこの人の描くしなやかな絵が大好きなのだ。

ところで、私は同じアニメーター出身の村野守美の作品も好きである。両者に共通しているのは、コマの前後に動きが見える事。単なる一枚絵ではなく、まるで動画の一シーンを切りとったかのような印象。そのリズム感に身をゆだねていると、いいしれぬ快感を覚えるのだ。

ところで坂口氏が描くキャラのポーズは、いわゆる「金田バース」に似ているが何か関連があるんだろうか?

本作の連載は「ぼくらマガジン」。付録付きの月刊少年誌が相次いで廃刊するというひとつの時代の節目となった昭和44年に、月刊「ぼくら」が転生した隔週刊誌である。

その誌面の詳細をいまさら記する事はしないけど、ちょっとあげてみるとデビルマンの原型となった「魔王ダンテ」、永井豪バイオレンス路線の嚆矢「ガクエン退屈男」、マーベルコミック提携「ハルク」、写真絵物語「謎の円盤UFO」、廃刊後はマガジンに引き継がれる「仮面ライダー」、唯一のさいとうたかを特撮ヒーロー作品の原作「バロム・1」などなど。少年マガジンともぼくらとも違う重要な作品群を排出した。って、十分語ってるなあ。ちなみに「ぼくらマガジン」は「少年マガジン」に吸収される形で消滅した。近年同じ講談社の「マガジンZ」なるヒーローマンガ専門誌のような月刊誌が廃刊となったが、人気作だった「仮面ライダーSpirits」は「月刊少年マガジン」に引き継がれる形で継続。歴史が繰り返されている。

上巻は東宝で映画にもなった基本的なストーリー。下巻は今回初単行本化だが、相当にスプラッタ色が強い。一部ならともかく最初から最後までこうなので、そういうのがお嫌いな方は要注意。当方も結構げんなりしてこっちだけ手放してしまった。

8月にいった特撮系展示イベント

今年は特撮アニバーサリーイヤー。そのせいか、特撮系の展示イベントが多く先月は3回も行った。

■実相寺昭雄展 ウルトラマンからオペラ『魔笛』まで(8/5 川崎市市民ミュージアム)

20110904_t1

Nifty特撮フォーラム時代からの知人、TORI氏が上京するというので一緒に観覧。ウルトラでもなく円谷でもなく実相寺氏個人にスポットを当てるという趣旨なので、特撮関連だけでない様々なものが展示されていた。もう実相寺氏の存在そのものが”特撮”と言っていいかもしれない。

氏の仕事を俯瞰して見た場合、「帝都物語」以降とそれ以前という見かたがあると思う。「帝都」での起用はやはり70年代後半以降のウルトラの再評価がきかっけだと思うが、実際映画などはその時代の本数のが多いのではないか?再評価をきっかけに、さらに精力的に新時代の作品を産み出していった。そのエネルギーはすごいものだと思う。

以下箇条書き。

・入り口にあったジャミラ(着ぐるみ)。あれ下あごにひげ生えていたけど明らかに解釈の間違い。
・キャスリーン・バトルが出演したニッカ・ウィスキーのCMが氏の演出だったと知って驚く。
 あれ、12インチシングルが出て私も当時買ったのよね。そのくらい人気が出て
 来日コンサートではにわかクラシック・ファンのおじさんたちが会場に押し寄せ、
 ステージに直接プレゼントを持っていくというミーハーな光景が展開されたのだ。
・イラストが一枚一枚描いた年賀状が興味深かった。スーパー1とか超珍しい。
・寄せ書きに高木澪氏のものがあった。

■本多猪四郎 ゴジラを生んだ映画監督(8/21 第五福竜丸展示館)

20110904_t2 20110905_1 20110905_2 20110905_3

前日ツィッターでそういう展示がある事を知り、少し時間があいたので行ってみた。
展示そのものより、第五福竜丸が新木場のこんな場所にあった事、そしてそれが保存されて展示されていることの方に興味があったのだ。実際今年は思いをはせるのには特にタイムリーであるが、それよりも「ゴジラ」と「美女と液体人間」の2つの特撮映画で引用されている事が重要。”特撮”と切っても切れない存在だ。

展示は本多氏用の台本や、撮影風景・絵コンテの写真など小数。ふんだんに落書された台本を見て、結構お茶目な人だったのかもしれないと思った。そもそも展示館自体が船を覆う形で作られているだけで、そんなに大きなものでもない。

第五福竜丸が水爆実験の死の灰を浴びた時代、今の我々と同じ様に放射性物質により人々の日常生活が脅かされた。そこから学ぶものはきっと多いと思うし、そんな時代を確かに乗り越えてきているのだとも思った。

知人(有名人)と数名出会う。

■ウルトラQリターンズ 特撮絵師・開田裕治とTOYの世界(8/25 渋谷パルコPart1ロゴスギャラリー)

20110904_t3 20110905_4 20110905_5 20110905_6 20110905_7

今年最大の話題のひとつ「ウルトラQ」カラーライズ(もう売ってんのだね)発売にあわせた企画。開田氏が長年書き続けてきたQ関連原画と各種メーカーのQ怪獣おもちゃの展示。

書店横の展示スペースにはQ怪獣のおもちゃが展示。これがほとんど現行か、既に廃版であっても近年発売になった商品ばかり。この10年くらいで全怪獣がフィギュア化されていたわけだ。ものすごいリアルなものから、お茶目なものまであって見ててあきない。巨人とかスダールとか(笑)。

奥の展示スペースには、過去に描いてきたQ関連の作品が展示。これがバンダイから最初に発売となったLDのジャケなどで、言ってみれば氏自身のイマジネーションによるカラーライズであるという訳だ。
またポスターにも採用されている怪獣総出演のイラストは、キングのウルトラBGMコレクションのもの。元はモノクロだったものを、今回のカラライズに合わせて再着色。おそらくは物凄く手の込んだ作業だったと思う。個人的にもこの時代の開田氏のイラストが一番好きなので、非常によかった。

物販も豊富でいろいろ欲しくなったが、結局絵葉書だけ購入。入場無料。失礼ながら、言うまでも無く開田氏も存在自体が”特撮”。

コンビニ本2011冬

今売ってない本ばっかりですいません。

■なつジュー 20世紀飲料博覧會

なつジュー。20世紀飲料博覧會 (ナックルズBOOKS)

昨年夏頃の発売。居酒屋ネタの定番とも言える、古今東西のドリンクの集大成。その商品写真を全ページカラーでみせる豪華な1冊(といってもコンビニ本だが)。いや、これは楽しいよ。普段こういうもんにはあまり興味を示さない女房も、これはツボにはまったらしく面白がって読んでいた。

たまに故郷の名古屋に帰ると目につくのが、チェリオ社の飲料の自販機。東京ではあんまり見かけない。チェリオと言えば我々の子供の頃はファンタのパチもん扱いだったが、同じ値段で量が1.5倍増しなので体に悪いと知りつつ進んで買っていたっけ。また「スィートキッス」と「ライフガード」も立派に現行商品。東京ではとっくに死滅した「メローイエロー」系の飲料である。ちなみにこの系列の代表選手「マウンテンデュー」は今も買えるらしい。そういう情報も載っていて、その意味で実用性もある。

もう一つ思い出した話。以前に常駐した某銀行のマシンセンターにあった自販機には、何故か甘酒が入っていた。こんなもん誰が買うのかと仕事に行くたびに思っていたが、売り切れランプがついていた事もあったので、それなりに需要はあったらしい。本書にも「キティちゃん甘酒」ほか数種が掲載されている。

その他「バヤリース」は昔は「バャリース」と表記されていて、一瞬どう読んでいいか迷うため今は「ャ」が大きくなっただとか。

時代時代で顔が変わっている事が知られている「ポッカコーヒー」は最初は顔缶じゃなかっただとか。

仙道敦子が出演していた事で有名な「サスケ」のCMは糸井重里・横尾忠則・川崎徹らが製作に加わっていたとか。

ムダな知識ばかりがどんどん増える1冊である。

■特撮ドラマ「ココがヘンだよ!」100連発+202

特撮ドラマ「ココがヘンだよ!」100連発!! (DIA COLLECTION)

これは昨年暮れの発売なので、まだ買えるかもしれない。

「怪獣VOW」と同じ特撮TV・映画へのツッコミというか”あげ足取り”で笑いを取る一冊。特撮ファンの中にはこの手の書籍を極端に嫌う人もいるが、私は案外許容派。つーか、結構ガハハと笑いながら読んでしまう方である。しかし最近はもはや定番を通り越して出尽くした感があり、本書でも大半のネタがそうだった。

しかし「仮面ライダースーパー1の歌詞テロップは全部ひらがな(かめーんらいだーすーぱーわんー)」という話と「仮面ライダーXの敵組織GODにはいろんな課があって、その中には『人事課』まである」という話は、不覚にも笑ってしまった。しかも電車の中で。

■懐かしの日本陸海軍兵器超こだわり入門

懐かしの日本陸海軍兵器「超こだわり」入門 戦艦大和、空母赤城、零戦、隼、紫電改、戦車・・・ (GoodsPressペーパーバックス)

表紙の小松崎茂氏イラストでまず目をひく。我々のような昭和のガキにとっては。中を開くと靖国神社・遊就館やら横須賀の戦艦三笠やら戦闘機食玩やら脈絡がない。そして、大半を占めるのが日本の戦艦・軍用機・戦車を全て模型で掲載するというもの。正直当方はあまりミリタリーものには興味がない。そんな私でも実に眺めていて楽しい一冊。そう言えば高校から大学にかけて(ガンプラにはまる前)は、1/144の統一スケールの戦闘機をよく作ったものだ。

ミリタリーなのかプラモなのか、どっちのマニア向けなのか不明だが(あるいはその両方か)、内容はおそろしく濃密(コンビニ本はそういうのが結構多い)。本書はシリーズになっていてこの前に「日本の戦艦」と「零戦」の2冊の超こだわり入門が出ているらしい。いずれも模型と戦史の両方を扱っているが、当方につかなかったのはやはり表紙のせいなんだろうな。

■図解 日本の神々

図解 日本の神々

今日のブログはどんどんおかしな方向に行っている気がする、我ながら(笑)。八百万の神が住まうというこの国の神様という神様を網羅。仮にも神様をポケモン図鑑みたいなノリで本にしちゃうってのは、多分に日本ならではなんだろうな。

本書の大半を占めるのは「古事記」と「日本書紀」の記紀関連の神々。ほとんど登場人物の解説なのでここはいささか退屈だが、実在した人物(お岩さんまで!)やほとんど妖怪じみた奴まで拾う後半はかなりおもしろい。

水蛭子神(ひるこのかみ)といえば諸星大二郎「妖怪ハンター」に出て来たカニのような妖怪だが、ここでは鯛と釣竿を持った老人として描かれ、それはそのまま恵比寿様の原形となっている。つまりあのバラエティによく出ていたあのマンガ家の名前が、どうして「蛭子」と書いて「えびす」と読むのかがわかったとか。

同じく諸星大二郎の「暗黒神話」に登場する弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)は登場するなりいきなりズルッとなって(体が崩れること)こちらのド肝を抜くが、神話では”悲劇のヒロイン”として有名だとか。

金太郎は坂田金時という侍が原形で、その肖像画の時点ですでにファンシーキャラ状態だったとか。

神さまを数える単位は柱(ちゅう)だとか。

例によって、ムダな知識ばっかりどんどん増える一冊である。

引越しました&近況

Rimg3618

本年初のブログです。すでに一か月経過してますが、昨年暮れに引越しました。写真はマンションの最上階から撮ったもの。写っているのは初台のオペラシティと西新宿のパークタワーで、その後ろに都庁がちょっと見えます。前はオペラとパークのちょうど間の位置にあるマンションに住んでいましたが、御覧のように今回はそこからちょっと離れたところになります。初台駅まで徒歩10分ですが、むしろ小田急線の代々木八幡駅のが少し近いかもしれない。でもまあ、一応これまでと同じ初台文化圏ではある。5年ぶりに渋谷区民に戻りました。

初台に移り住んで来たのは平成4年の初め。それまでは町田のアパートにいてすでに独立はしていた。が、時代はバブル。仕事がクソ忙しくしかも現場が都心ばかりで全然家に帰れず、それで都心に移住する事にしたのだ。最初に住んだのは甲州街道沿いの賃貸マンション。そこに14年近くいて、結婚と同時に次の西新宿の賃貸マンションに移ったのが平成17年の暮れ。ここで住所は新宿区となったが、初台駅までは山手通りをはさんで以前とほぼ等距離だったのでやっぱり初台圏内。そこに5年住んで今回の引越。そろそろ初台界隈にきて20年になるのだなあ。

ここで近況。昨年秋、2年やってきた仕事上のプロジェクトが本番を迎え、それでしばらくはそれにつかまってる日々だった。年末年始はこれに家の契約関係と引越が重なって少し大変な日々だったがようやく一段落したようだ。

音楽活動の方は昨年はめっきり下火。春頃まではライブにも出たりしたが、以降は何故か落ち着いて音楽に向かい合う事が出来なかった。もうずいぶん楽器にも触っていない。年によって波があるようで、昨年は家庭に時間が取られる年だったようだ。

これまでは自分のやりたい事よりは、人に頼まれて何かをする事が多かった。それで楽しめていたので問題なかったし、勉強にもなった。実際曲作りの場合でも、映画のためとか何か”縛り”がある方のがやりやすかったりしたし。しかし、どうも最近それではフラストレーションがたまるようになってきた。なのでもうこれからは、少しは自分に素直になってもいいかなと思う。でないと、いつの間か一生が終わってしまうし。

昨年で50歳にもなったし、一応マンションも購入した。そういえば今年は2011年。00年代が終わってあらたな10年の始まりの年でもあり、いろんな意味で節目を感じさせる時期である。ある人いわく、これまでは役割を終えたものを手放してきた時期にあたり、今手元には本当に必要なものが残っているそうだ。仕事も何となく一段落感があるし、もう一度ここから再出発。それが今年の抱負。

ともあれまだ新居では、ピアノもセッティングできていない。場所が確保できないのである。まずは整理や不要物の廃棄が先決だ。

«読書ノート(2010年9月・10月)