June 21, 2009

初めての父の日

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本日はうれしい事があったので、もうひとつ。

今日女房が娘に「父ちゃんにプレゼントがあるのよね。」と突然うながす。で、おもむろに写真のパス入れをくれた。幼稚園で父の日のプレゼントを作ったとの事。ちなみに左がアンパンマンで右がドキンちゃんらしい。

今日が父の日という事はニュースなどを見て知ってはいたが、どこか他人事だった。でもこんなのを貰うと、一気に実感がわいてしまう。

ついこの間までは父の日というと、名古屋の親父が大好きな虎屋の羊羹を送る日だった。でももうそれも敵わなくなった今年、入れ替わる様に新しい意味を持つ日となった。

初めて父の日を祝われた日。まあ、娘はほとんど訳わかってないんだが(笑)。たったこんだけの事で、こんなにもうれしいんだな。

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書いておかねばならない事-有限会社ウィルビー20周年

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私が平成元年2月22日に設立した有限会社ウィルビーが本年20周年を迎えた。創立が2月22日?そろそろ今年も半分過ぎようと言うのに(笑)。いろいろ事情があって書けなかったが、そんなメモリアル・イヤーなので敢えて書いておく。まあガンダムもとっくに放映開始日過ぎてても未だに30周年と騒いでいるので、よしとしよう。

それより半年前の8月にはフリーになった。そのいきさつは以下の日記に書いた。

http://gowest.cocolog-nifty.com/anaheim2004/2008/10/post-9ec9.html

フリーになって初めてついた仕事が某都銀の3次オンの仕事で、ここで人生初めてのデスマーチを経験する。フリー最初の仕事がデスマーチとは全く(笑)。で、夢中で仕事しているうち雇用先から「これからも長くやっていただきたいので、会社にしていただけないか?」と言われる。その頃は契約社員だった訳だ。私はフリーのSEにはなりたかったが、会社を作るという野心みたいなものは微塵もなかった。だから全然予備知識もなく、困り果ててその頃住んでいた町田のアパートの近所の会計事務所に相談に行った(ここの税理士さんは以降ずっと弊社の経理を見てくれていて、今でもおつきあいがある。)フリー時代の半年でいつの間にかお金も出来ていて、さしたる問題もなく会社設立にこぎつける。ちなみに創立記念日には何の意味もなく、確か大安とかそんな事で決めたんじゃないかな。あと平成元年になったのは、昭和のうちから進めているうちに元号が変わったため。成り行き上こうなったのだけど、新元号とともに始まった会社なので結構あの時代に対する思い入れはある。

それからよく聞かれる会社名の由来だけど「いつかこうなりたい、ああなりたい」という願いを込めて「will be」とつけた。ソフトウェア関係の会社は長ったらしい名前が付いててもアルファベット3文字で略される事が多く、そういう傾向に反発したかった面もある。よく考えてみれば略して「MAT」とか「ZAT」とか「UGM」とかつけるチャンスでもあったんだが(笑)。この会社名にちょっと青臭いものをずっと感じていて、今でも自分で名乗る時には照れる。照れるので積極的に会社名を出そうとしない。なので、全然大きくならない(笑)。

そもそも自分がフリーのSEで仕事を続けていくためにある意味税金対策で作った会社なのでヴィジョンも何もなく、よって今でも一人で経営している(女房は一応役員だが)。ただ、一度だけ社員を入れた事があるのよね。うまくいかなくて数ヶ月で辞めてしまったのだけど、その苦い思い故にずっと一人で会社を続けているのかもしれない。しかし設立当初は20年も一人でやるとは思わなかった事は確かだ。

おかげ様で今日まで仕事を続けてこれた。アメリカに留学した年、携帯の仕事で死にそうな目にあった年、そして昨年父の最期を看取った年に仕事を空けたくらいで、それ以外はずっと繋がってきた。そして、そのためにいろんな人の力を借りてきた。それらの事に今更ながら感謝したい。

結局、独立していようがいまいがひとつひとつの仕事に対してどんな結果を出すかに尽きる。フリーと社員でどっちがメリットがあるかなんて事はなくて、どっちが性分に合ってるかだけの事だと思う。

せっかくの記念イヤーなのでもうちょっと自慢させてください。この20年間でやってきた仕事が約40本。長いの短いのいろいろあるが、半年に1本くらいの計算になる。ほとんどが出先でする仕事なのでいろんなとこに出向いたし、いろいろなベンダーの仕事も経験する事が出来たし、言語もほとんどこなしてきた。今もそしてこれからも、この実績が私の武器だし勲章である事は間違いない。

今後の夢としては、そろそろ自分の会社の名刺を堂々と出して仕事ができるようになりたい。実はこれまで、雇われ先の会社名を使う事がほとんどで”有限会社ウィルビーの西川”と名乗る事があまり無かった。最近はそれが少し自分の会社に対して、気の毒に思えるようになってきた。そんなささやかな願いをこめて、この日記を終えたい。

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June 07, 2009

娘 Going To The Yochien

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本日雨も上がった午後、娘2歳の幼稚園入会式に行って来た。え、早くない?入会式?最近の幼稚園は3歳の春から3年間通うのが普通であるが、それより1年前から通うプレスクールというのに通う事になった。なので入会式。来年正式に年少組に通う事になれば、もう一度入園式があるはず。それにしてもオレが通っていた頃は2年保育だから4歳の春から。それまで親元で遊んでいた訳だから、今の子は大変だなあとか思わんでもない。

式と言っても園長先生や担当の先生の挨拶もそこそこ。お歌や鞄、ミニタオル、プレゼントのボールにお祝いのケーキなどを子供に手渡しする事がメイン。娘2歳はマイペースかつ人見知り(でも空気は読める)、なので先生が握手に来ても手は出さない、「むすんでひらいて」が始まっても一緒に歌わない、名前を呼ばれても返事しない。両親ともに苦笑だったが、一連の贈り物を手渡しされるたびに「どうもありがとう」と言うのには違う意味で笑いがもれた。お礼がちゃんとできるという意味ではおりこうさんだが、物貰う時だけお返事するとも・・・(^_^;;;;;)。

通うのは西新宿にある某幼稚園。最初の写真は、園の近辺から上に向け撮った写真。このように林立するビルの谷間にポツンと存在する木造平屋の園舎である。昔からの園舎をそのままに残して使っていて、それこそオレが現役幼稚園児だったくらいの頃から存在している”昭和”な園舎である。もう何度も訪れたが、行くたびにそんな事で楽しくなってしまう園なのである。

そして来月は娘も3歳になる。いろいろと生活に変化が訪れるであろう初夏だ。

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May 24, 2009

マスカー・ワールド

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先週末に東京・神奈川で新型インフルエンザ感染者が見つかって以来、何だか世の中は妙な事になっていた。ところが昨日、大阪の橋本知事の「普通の生活を取り戻す」という宣言あたりを機に、「マスク着用は予防には無意味」などと一斉に報道のトーンが変わった。連日感染者数更新を真っ先に報じていたが、それも今日はほとんど見かけなかった。この一週間で、我が国の情報を発信する側のリスク意識の無さと、それをすぐに鵜呑みにしてしまう国民性を垣間見た気がする。

私とて一児の親である。自分の子だけは、感染させたくないという思いは世の親御さん達と同じ、特にうちの場合、まだ新生児だった3年前に私の不注意でノロウィルスを持ち込んで家族全員に万延させてしまったという痛恨の一件がある。それ以来毎年インフルエンザのシーズンになると、帰宅時のうがいと手洗いは欠かさなくなった。今年はまた香港型の流行も予告されていたので、2月くらいに初めて箱入りのサージカルマスクを買い、毎日通勤時に予防のマスクをしていた。

関東地方で発生したと聞いて、マスク着用をいつからするか、私もしばらく逡巡していた(帰宅時のうがい・手洗いは2月から継続中)。そんなにストックもないので(2月に買った残りが一箱半)、本当に必要な時のために使用は控えておきたかった。しかし先週後半、仕事場で予防のためのマスク着用者が増え、ドラッグストアの店頭で全くマスクを見かけなくなってだんだん疑問に思うようになった。「なんか、おかしいんじゃないか?これ」その矢先に、この報道の一斉のトーンチェンジ。結局最後は自分の感覚を信じる事が大事なんだと思い知った。

ひとつ気がついた事がある。現在日本の感染者は四百数十名と言われていて、先週はものすごい勢いでこの数字が塗り替えられていった。しかし、すでに完治したり快方に向かっている人も確実にいるのだが、感染者数からその数字が引かれる訳ではない。一見すると感染者がどんどん増えているように思えるが、実際にはそれだけの数字の感染者がいる訳ではないのだ。そこがレトリックだと思う。反面「ゴキブリが一匹いれば・・・」の例えも真実だと思うが、少なくとも発生した都道府県を塗りつぶした地図から受けるイメージは現実から乖離していると思う。

明日からも私はマスク着用はしないだろう。でも、免疫力を下げない様にする事は有効であると思う。新型だけではなく他のインフルエンザもまだまだ油断ならないし、一方でノロウィルスの静かな猛威も伝えられている。なので、しばらくは睡眠時間をたっぷりと取ろうと思う。夜更かし大好き人間ではあるけれど、できる事と言えばまさにそれがそうだと思う。

取りあえず我が家は今、家族全員病気もなくて元気です。

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May 05, 2009

子供と渋谷で3Days

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今年のGWは土曜から4連休(残念ながら明日は仕事に行く)。日曜から今日まで3日連続で家族で渋谷に行く事になった。

5/3(日)

この日は女房のリクエストで渋谷の東京都児童会館へ。青山の「こどもの城」と並んで東京都では最大規模の子供用施設。休日に家族そろってお出かけというと、たいがい公園か児童館という安上がりな我が家だが、ずっと前から行ってみたかったここへようやく出かける。5階建でちょうど「東京こども大会」という全館あげてのイベント真っ最中。見どころが多くて、あっという間に数時間過ぎてしまった。老朽化のため数年後には新宿区に移住するらしいが、この古さがわれわれにとっては逆にノスタルジーを感じさせるし、またいたるところに休憩場所があるので非常に居心地のいい場所であった。

5/4(月)

2日目はNHKスタジオパークへ。連休中は「渋谷でドーモ」というイベント真っ最中で、この日は「いないいないばぁ」の「ワンワンとあそぼうショー」を見るのが目的。秋に続いて2度目だが、この日もワンワン演じるチョーさんはサービス満点。子どもたちに対するやさしさをひしひしと感じる。ほんとはスタジオパーク内も見学したかったが、多くの親子連れでごったがえしているので早々に脱出し代々木小公園で子供を遊ばせて帰る。この辺我が家は地の利があるため、来ようと思えばいつでも来れるという気分的な余裕がある。それにしても今日は顔出しチョーさんをたくさん見る機会があったなあ。

5/5(火)

今日もNHKスタジオパークへ。初めての「おかあさんといっしょ ファミリーコンサート」を見るためにNHKホールへ。このコンサートのプラチナチケットぶりは聞きしに勝るものがありで、電話抽選に全部はずれキャンセル分の店頭販売を朝から並んでやっとの思いで入手できた。それでも3階席。いつかのさいたまスーパーアリーナほどではないにしろ、高所恐怖症のオレには十分恐ろしい位置。ましてやおとなしくしていない子供を取り押さえるなど到底無理。コンサートは楽しかったものの、緊張感みなぎる1時間だった。
ところで「おかあさんといっしょ」番組内では昨年から歌のおにいさん・おねえさんは横山大助と三谷たくみというニューフェイスに交代しているし、今年からは人形劇も「モノランモノラン」という新しいものに代わっている。最も旬な現役キャラクター達の最初のコンサートであり、これがうちの子の現役キャラクターという訳だ。さらに現在あの「だんご三兄弟」以来のシングルリリースとなった「ドンスカパンパン応援団」が話題を呼んでいるという事実もある。ちなみに昨年秋のファミリーコンサートはテレビでみたのだが奇跡的に素晴らしい内容だった。今回はそれには及ばないもののそんな追い風を感じさせる勢いと余裕のあるコンサートだった。

うちの子供は一連のNHK教育の子供番組が大好きで、「いないいないばぁ」「おかあさんといっしょ」の2大看板に加え「ピタゴラスイッチ」「えいごであそぼ」「にほんごであそぼ」「ゆうがたクインテット」そして最新の「みーつけた」などがお気に入り。これらはどれにも音楽が中心にあり、子供のみならず音楽好きなわれわれ夫婦も結構楽しめる曲やおもしろい曲が多い。結果オレが今一番聞いている曲は実はこの辺の曲という事になる。

今年はまた、教育テレビが50周年・BSが20周年とアニバーサリィな年。イベントと連動して、テレビでもこの連休は記念企画が目白押し。例えば今週は毎日夜8時から「ETV50 もう一度見たい教育テレビこどもスペシャル」という番組が放映されているし、今日は「懐かしの人気キャラクターベスト50」という特番もあった。当然自分や女房が現役だった頃の番組やキャタクターも登場する。子供に沿って一緒に見てるうちに、いつの間にか自分たちも楽しめている。ありがたい事である。

この連休はいっぱいNHKに楽しませてもらったなあ。感謝感謝。

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May 03, 2009

ジンライムのようなお月様

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 昨日は朝早くから子供に起こされ、ゴミ出して、GW価格のマックメニューをみんなで食べて、子供を公園に連れてってといういつもの休日のメニューをこなした後は、夕方近辺を原チャリでブラブラ。子供用マスク探しに幡ヶ谷まで行ってついでにブックオフに寄ったわけだが、CDコーナーに差し掛かった時何故かふとキヨシローのコーナーが目に止まった。RCじゃなくキヨシローの方。ラフィータフィーの1stがあったら欲しいなと思ったけどそれは無く、何故だかソロ第1作の「RAZOR SHARP 」が2枚も目についた。しかも87年当時発売時のヤツ。夜、子供寝静まった後いろいろ用事片付けてリビング行ったらネットさぐってた女房が「キヨシローさん、亡くなったって」と。ゆうべは1人飲み倒して明方までピアノで何度も「スロー・バラード」弾いた。

 今日は家族で渋谷の東京都児童会館に行った。途中1人で抜け出して、タワレコで「ラフィータフィー」とRCの「Baby A Go Go」買ってくる。品薄という感じでもなかったけど、店員がどんどんCDを補充してくる。考える事は皆いっしょで、朝からどんどん買ってる人がいるんだろうな。

 最初に知った曲は「僕の好きな先生」。ラジオの深夜放送を覚えた小6くらい(1972)の頃の事。アーティスト名はわからないが、好きだった1曲。その次は中2くらい(1974)の「スロー・バラード」。こん時もまだアーティスト名は知らなかった。

 そして大学2年(1980)の年、RCの大ブレイクがくる。その頃はほとんどの音源をFMエアチェックで調達していた時期。好きな人には申し訳ないが、その頃のオレは洋楽一辺倒で日本のロックというのはほとんどがダメだと思い込んでいた。しかし、「日本のも結構いけるじゃん」と思わせてくれた最初のアーティストがRCだった。オレは工学系の学部に進みたかったが、意に反して薬学部に入ってしまった。そのせいか、やる気が全然出ずほとんどの授業をさぼっている毎日だった。そん時に聞いた「トランジスタ・ラジオ」は、まんまオレの大学生活だった。「彼女教科書広げてる時、ホットなナンバー空にとけてった」「居眠りばかりしてたら、目が小さくなっちゃった」これだ。

 そんな20歳くらいの頃、当時40だったミック・ジャガーの腹見て「ロックはこうじゃなきゃいかん!」と勝手に思い込む。キヨシローもしかり。それ以降ボーカリストはケツ小さくてしまってなきゃいかん、とこれまた勝手に決め付けて。40過ぎまではオレもがんばって腹出て無かった。でも嫁さんもらった今では、新宿区にメタボ対策で呼びつけられるようになっちゃった。

 で友達に「プリーズ」と「ラプソディ」をカセットに録音してもらい、擦り切れるまで聞きまくる。その後リバイバルでリリースされた「シングル・マン」や「初期のRCサクセション」を聞いて初めて前述の曲が彼らの曲だったことを知る。「シングルマン」もやたらと聞いたなあ。本気なのかシャレなのか、RCAの社長の「こんな素晴らしいアルバムを廃盤にしていてすいません」という帯の謝罪文が今でも記憶に残る。ロック・アルバムとしても上出来だけど、「歌のアルバム」としても活き活きしていて大好き。オレは井上陽水の「氷の世界」というアルバムも大好きなのだけど、これらは日本が生んだ2大名作「歌のアルバム」だと思う。その中でも最も好きな「帰れない二人」がキヨシローの作詞と知った時はものすごくうれしかったり。それから「シングルマン」のホーン・セクションはタワー・オブ・パワーだったと最近知った。ずっと梅津和時や片山広明ら生向委のメンバーと思い込んでたけど、まだこの頃は交流なかったのね。

 それからRCはバカ売れしちゃってついに「サマーツアー」でチャートに入ったりする。この頃レコード会社はキティからEMIに移り黄金期になるんだけど、どういう訳かオレはEMI時代の音源は全然ない。実はうちにはRCのLPも1枚も無い。あるのは画像の変則的なシングルばっかり。ずっと、録音したカセットを聴いていたのだな。

 次にキヨシローを意識したのがタイマーズ。シングルとアルバム両方買ってしまう。写真はタイマーズ人形。それから物議をかもした「カバーズ」。これはレコード会社を古巣に戻しキティ=ポリドールでのリリース。CD時代になってこのキティ=ポリドール時代のボックスがリリースされ、すぐに買った。オレが好きだったRCは全部これに集約されている。「カバーズ」の「シークレット・エイジェント・マン」が死ぬほどかっこいい。この時共演した坂本冬美と後にHISを結成するのだな。

 で、いつしかRCは解散し、彼らの事もあんまり思い出す事はなくなった。で、98年豊洲でやった2回目の「フジロック・フェスティバル」でついにオレはキヨシローの生ライブに遭遇する。1曲目は知らない曲、でも2曲目がまさかのあのリフ「雨上がりの夜空」。こん時のライブはRCのナンバーを多くやってくれた。期待していなかっただけに滂沱の涙。

 以降の思い出と言えば99年のフジロックのイメージ・ソング「田舎へ行こう」。その年は母親が亡くなった年で、病床にいる事に後ろめたさを感じつつもチケット買ってしまったので行ったのだ。昨年フジロックの10年間をまとめたDVDがリリースされたが、この曲を聴くとどうしてもその頃の事を思い出す。初めて苗場で開催された年で気の重いフジロックだったが、会場のあちこちでかかっていた「田舎へ行こう」が少し気持ちを楽にしてくれた。

 オレはいっぱいいろんなライブを見てきたけど、RCの生のライブを見れなかった事は今でも悔やまれる事のひとつ。チャボのソロライブも別で見る機会があったし、梅津・片山の出演した山下洋輔のライブも見たんでもう合算で見た事にする。それからテレビで見たキヨシロー芸能生活30周年の「Y3K」というライブイベント。チャボが「オレたち50だってよお」と言うセリフにジンと来たり。そんなオレもまさか来年ほんとに50なのだ。

 キヨシローさん。オレは今いっちょ前に家庭なんか持っちゃって、ほとんど毎日生活に追われてるだけ。いろんな事が次々にあって本音言うと今でも全然自信持てなくて。どうすりゃいいのか、ってしょっちゅう悩んでてね。いつだったか夜中にテレビであんたのライブ見て「大人なんだろ~」って曲聞いて泣いた事もあった。

 でも音楽はなんとかやれてます。細々と。あんたから受け取ったメッセージとかいろんなものをオレなりに解釈して。何年か前、キース・リチャーズがやしの木から落っこちて「いよいよ死ぬか?」と騒ぎになったけど生き延びた。生き延びてツアー継続したらしくて。ロック関係者のしぶとさは筋金入りと思ってあきれると共に頼もしくもあった。

 じゃあ、なんであんた死んじゃったのかな。ダメじゃん。

 「ジンライムのようなお月様」って、最高の歌詞だと思う。大好き。

 これからもがんばるよ。これまでほんとにありがとう。

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February 01, 2009

Googleに何が?

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数分前からGoogleの検索結果がおかしいです。

すべての検索結果の下に「このサイトはコンピュータに損害を与える可能性があります。」と表示され、リンクをクリックするとプロテクトページが表示されurl打ちでしか進めません

詳しい事がわかったら順次アップします。

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January 07, 2009

年末年始

今年は年賀欠礼の年になるので、新年のごあいさつは省きます。今年の年末年始休暇は以下の具合。

12/27(土)
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前日仕事収め。現場は開発ピークなため、納会もソフトドリンク。
この日は近所の渋谷区児童福祉センターにて元ル・クプルの藤田恵美さんのフリー・コンサート「心のバリアフリー音楽会」があり、家族そろってでかける。児童館の一室でのシンプルな編成で、手話を交えてのコンサート。場所柄幼児がいっぱい来て大騒ぎなわけだが、その喧噪に少しも動じず最後まで自分のペースで進行し続けるのは流石。写真は児童福祉センターの遊具。

12/28(日)
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午前中子供の散歩。午後からは一人で用事を済ます。
まずは劇場版「レスキュー・フォース」を見てくる。期待していなかったが、名作「新幹線大爆破」のスピリッツを感じる傑作。脚本は川崎ヒロユキ。なるほど、おもしろかった。あのヒーロー達とも再会出来る。
その後、原宿にある「Five G ミュージック・テクノロジー」という楽器屋に楽器を見に行く。ここはヴィンテージ・シンセの専門店という事でその筋ではかなり有名らしい。変わった楽器がワンサカあった。私が見に行ったのは写真の楽器で、リボン・コントローラというもの。実際に音源をつないで試奏させてもらった。結果、購入は見送り。やはり、楽器は現物を触ってみないとダメだな。そういう事が手軽にできるのはやはり東京ならでは。
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その後、原宿から渋谷に歩いて流れる。渋谷ブックオフで少し時間をつぶす。最近ブックオフに寄って本やらCDやらを漁るのが楽しくて仕方ない。その後コミケ帰りの腹巻猫さん・中澤さん他G-sessionメンバーらの打ち上げに合流する。場所は練習で使うスタジオのとなりにある「もんじゃ麦」。
みんな疲れてるせいか、一次会で解散。年末はタイミングが合わず、忘年会がひとつしかできなかったため少し遊びたかったが、仕方なく一人新宿三丁目の行きつけ(といいつつ、年に1・2度しか行けていないが)に飲みにいく。で、こちらももう仕事収めなのか空いていないので帰って一人家で飲む。写真は渋谷の東京都児童会館。

12/29(月)
午前中は飲みすぎでダウン。女房も風邪気味でみんな昼過ぎまで寝込む。夕方は回復。で大掃除第一弾で収納まわりの整理&廃棄。

12/30(火)
午前中子供を公園へ。午後は大掃除第二弾で拭き掃除を中心に行う。夜はOKストアに正月の食料品買い出し。年内やるべき事はこれで終わり。

12/31(水)
数日前から怪しかったのだが、ここへ来て腰痛が出てくる。以前は腰痛持ちではなかったのだけど、一昨年くらいから時折感じるようになった。もうどこにも治療に行けないので、子供の散歩は女房に任せじっとしている。こういうときやる事は2つ。ゆっくりとストレッチをする事とぬるめのお湯につかること。これを毎日実践して今はほとんど痛みは消えた。紅白の結末は見ないで(子供が寝たので)、一人飲んで寝つく。マーティ・フリードマンが参加した石川さゆり「天城越え」を見逃し後悔。

1/1(木)
お雑煮でお祝い。今年は年賀状もないので、あんまり正月気分にもなれず。この日も子供の散歩は女房にまかせて家でじっとしている。おとそついでに昼間からポン酒飲むが、夜は疲れたせいか飲まずに子供と一緒に寝付く。

1/2(金)
朝一新幹線で墓参りのために名古屋へ。もう実家もないので、今年は墓を参ったらどこにも行くところがない。しかしどうやらもう帰省ラッシュも始まっているようで、帰りの新幹線の切符を取るのに苦労し、結局現地滞在3時間で帰ってくる。名古屋と代々木の両方のブックオフに寄る。夜は相変わらず飲む。

1/3(土)
近所の銭湯に朝風呂につかりにいく。腰痛もほとんど解消。自力でリカバったな、よくやった俺。その後家で子供と遊ぶ。いい加減肝臓と腎臓がしんどそうだが、明日で休暇も終わりとあってアホほど飲む。

1/4(日)
久しぶりに子供を公園に連れていく。あとは幡ヶ谷のブックオフに本を売りに行ったりコンビニで食玩あさったり、本来なら無いおまけの休日をのんびり過ごす。体調は万全・・・でもない。3日の朝風呂のせいか、少し風邪気味。飲まないつもりだったけど、「必殺仕事人2009」見ながら少しビール飲んじゃう。

今年もよろしくお願いします。

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December 27, 2008

恋の呪文は”かみじゃけりますたあ”-最近買ったCDの話

世の中にCDが出回り始めた頃、雑誌でこんな事を書いてた人がいた。「CDは棚にいっぱいになったらそれ以上入らないが、LPは押し込めばなんとか入る。」長年CDはその点でのみLPに負けていた。だがしかし、紙ジャケものは同じ理屈で押し込めば入るのである。なんて画期的なんだ!しかもミニサイズだし、ついにCDはLPに完全勝利となった(笑)。よし、これからは紙ジャケ中心で買っていこう。という事で、最新の音楽雑誌チェックしてタワレコ行ったるするのだが、発売日から数日経過しているとお目当てのものが半分くらいしか買えない。 いったいこの出会いの早さは何なんでしょね。オク転売目的の投資対象にでもなっているのかしら。以下最近買ったCDレビュー、紙ジャケ・スペシャル。そういう訳で新譜の話はありません。

■ハート宣言/ハート
ドリームボート・アニー(紙ジャケット仕様)
私にとってハートは最初に存在を知ったツェッペリン・フォロワーである。日本デビューが77年だから「永遠の詩」の翌年。プロでもこんな人たちがいるんだ、というのが何しろ初めて「バラクーダ」聞いた時の感慨。もう「アキレス 最後の戦い」にしか聞こえない。
なので当然「バラクーダ」が聞きたいので、このデビュー盤を買った。あれ?入ってないよ。と思ったら「バラクーダ」は2nd「マガジン」収録でした。何故こんな間違いを?実は彼らの日本デビュー時は2ndが最初にリリースされ、その後このデビュー盤がリリースされたのだ。でラジオではまだ2ndの曲を中心にオンエアされていた時期に、このインパクト大なジャケがデカデカと雑誌広告にのっていた。そのため、長年こんな勘違いをしていたのである。
実際アンとナンシーの美人姉妹がデーンと居座るこのジャケにはときめいたものだった。当時はリンダ・ロンシュタットの「風にさらわれた恋」とかオリビア・ニュートンジョンの「そよ風の誘惑」とか、美人アーティストのLPは雑誌広告だけでドキドキできた。かわいい高校生だったものだ。
今となってはこの1stも知ってる曲が多い。しかもここでもZEP好き好きぶりは臆面もなく発揮。そっち方面から見ると「フォア・シンボルズ」あたりを標榜している印象を受ける。「バラクーダ」といい1stといい当時にしては相当にマニアックな人たちである。それでいて楽曲のクオリティやオリジナリティは極めて高い。”ZEPマニア”をやりながら、良質なオリジナル曲を提供するという事は相当に困難な事ではないだろうか?80年代に入ってヒットメーカーになる要素はすでに十分にある。

■誰がアート・オブ・ノイズを・・・/アート・オブ・ノイズ
誰がアート・オブ・ノイズを・・・(紙ジャケット仕様)
私はこの時期のトレヴァー・ホーンの動向と、バグルズ~イエス~エイジア~アート・オブ・ノイズ(及びZTTレーベル)の経緯を非常に興味深く思っている。「ラジオスターの悲劇」と「ヒート・オブ・ザ・モーメント」は同じメロディであるとか、ジョン・アンダースンが去った後の「ドラマ」がほとんどアンダースンの作ってきた世界と変わらないとか、でアンダースンが戻った後には「ロンリー・ハート」でオケヒットが初めて使われたとか(諸説あり)、あげくの果てにフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドとか。おもしろすぎ。
今でも新発見が多いし、何より「70年代のプログレは進化して80年代ニューウェイヴになった」という自論をそのまま体現している。で、アート・オブ・ノイズですが、今では個人所有のパソコンで簡単に出来てしまう”音楽をエディットする”という方法論をポップス界で最初に商業ベースに乗せたバンド(つーかユニット)ではないかと思う。”宅録派”の元祖でもあるし、おたくミュージシャン以外の何者でもないし、理系体質すら感じてしまう。
当時のFMで、ホーンの机の上にはサンプリングした音を収めたフロッピーがずらりと並んでいると言っていたが、それがなんともカッコよく思えた。で書いてて思い出したのだが、当時薬学部の学生だった私が「コンピュータやりたいっ!」と熱に浮かされたようにソフト業界に飛び込んでしまったのは、この人の影響があったのは多分間違いない。人の一生なんて、こんな事で決まってしまうのだな。ちなみにこのCDは、店頭で見かけたヤツを衝動買い。案外紙ジャケはこの買い方が一番入手しやすいのかもしれない。

■ブロウ・モンキーズ
アニマル・マジック(紙ジャケット仕様)
これはかなり前に購入したもの。私はどういう訳か、ホール&オーツやスタイル・カウンシルから最近のマルーン5まで、いわゆる「ブルー・アイド・ソウル」と呼ばれるアーティストが大好きである。本家ものもコンピくらいしか持ってないのに。このブロウ・モンキーズも期間は短いが、同時期スタカンと並び称される「ブルー・アイド・ソウル」の代表バンド。だが、プロモでも見られるビジュアルのせいで80年代ニューウェイヴ系バンドの一発屋と思われている(オレもそう思っていた)。で、何しろ「ディギング・ユア・シーン」なのである。私の弱い音にフィリーソウル系女性コーラスというのがあって、それが全面フィーチャーされていて大変心地よい。それにチャカチャカしたカッティング・ギター。ゲート・リヴァーヴをかけたスネアにフレットレス・ベース。そして極めつけソロはサックス。ああ、懐かしくもしょっぱい80年代サウンド。

■飛行船の上のシンセサイザー弾き/難波弘之
飛行船の上のシンセサイザー弾き(紙ジャケット仕様)
この人は最近では「プログレをたく」で有名。ただしシンセ使いという存在感はあまりなく(そのせいかこんな重要人物でも「電子音楽 in Japan」 には取り上げられていない)、どちらかと言えばセッション・キーボーディストという存在感。私的にはニッキー・ホプキンスとかなりかぶります。
で、音楽雑誌よりは「SFマガジン」とかそっち方面で名前を知った人。そう言えばこの人のソロって聞いたことないな、と思って今回買ってみた。ほんとは次作の「ブルジョワジーの密かな愉しみ」のが名盤らしいが、当時の雑誌でジャケに見覚えのあるこっちを買ってみた。ほんとは山下達郎の「夏への扉」の原曲をやっている1stが欲しかったが、これはレコード会社が違うので今回のリイシューから漏れているようだ。
ELP風味あり、現代音楽テイストあり、クリムゾン風味ありでそういう元ネタがすごくわかりやすい人である。さらに普通の歌ものはプロデューサーである山下達郎の色合いが強くなってしまい、やはり個性の弱さを感じる。ご本人も「僕は自分をプロデュースする能力が無くて」と言っているが、そういうとこなんか親近感感じるなあ。私もテーマや企画が何にもないところから音楽作るのは大変苦手だしバンドもカバーばっかりだし。
その他SFファンとミュージシャンを両立させてきたとこなど、特撮ヲタクも兼業の私の大先輩(勝手に先輩にして)。あ、私テレビアニメ「DTエイトロン」のサントラは大好きです。

■風のミラクル/ニック・ヘイワード
風のミラクル+7(紙ジャケット仕様)
これもブロウ・モンキーズと同じく、以前に買ったもの。元ヘアカット100のあの人です。音的には80年代風の音づくりに全然なっていなくて当時はダサく思えたけど、今となってみればそれが逆に普遍性を勝ち得ていると思う。それにしてもこの邦題、なんかアニメソング(「エスパー魔美」とか)みたい。

■悲しきサルタン&ブラザーズ・イン・アームズ/ダイア・ストレイツ
悲しきサルタン ブラザ-ズ・イン・アームス

ニューウェイブの嵐吹きすさぶ80年代初頭、ラジオから突如聞こえてきた「サルタン」のインパクトは絶大だった。今となってみればそれはルーツ・ロックの最も良心的な形だった事がわかるが、シンセの音にふぬけていた大学生の耳にはほとんどノー・エフェクトなそのギターの音は充分新鮮だった。抑揚を抑えたマーク・ノップラーの歌声には、ディランからの影響もうかがえる。
もう一枚はMTVにうまく乗っかって絶大なセールスを記録した5th。CGを駆使したプロモとか、スティング参加とか話題にことかかない。同じ年に参加したライブ・エイドでは、スティングとの共演も実現していた。
しかし私、この人たちずっとアメリカのバンドだと思っていたよ。

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December 14, 2008

12/6 G-session 3rd Live! セットリスト

20081211

先週の土曜日ですが、12/6G-sessionの3rdライブが無事完了いたしました。
今回もまた多数のお客様にご来場いただき、誠にありがとうございました。

今回は1年半ぶりという前回と比べてかなり短いインタバルでの開催。昨年の後半は音楽モノは全く休止していたため、実質年明けからの準備だった。途中仕事を休んでいた時期もあったが、曲数はこれで精いっぱい。曲数をそろえるために時間をかけるより、期限を設けて準備をしていった方が集中的にできてよかったかも。

で、反省点。うちのライブは解説の分量が曲と同じくらいあると言われているのが、これまで自分はそんなに話はしなかった。今回はその量がかなり増えたが、個人的にはまだまだ全然ダメ。第一間が悪い。ほんとうは演奏だけやっていたいのだけど、このバンドはそうもいかない。なのでMCの修業もかねて、次回はもう少しちゃんとしゃべれるようにしよう。

演奏に関してはまだ録画とか見ていないけど、練習でやった事は十分出せたと思う。何より演奏している事がとても楽しかった。お客さんにもそれは伝わったようで、その意味でいいライブは出来たかな。

不満点などは、客席の音量バランスを客観的にチェックできなかった事。今回リハ時間とか余裕があったのでリハを録音して確認してもよかったが、どうも気が回らなかった。あとは音色も時間が許せばもっと作りこみたかった。ブラスの音などまだまだ甘い。

音と言えば、今回ブラス系をフィーチャーした曲が多かった。以前は「生ブラスには敵わない」と思い込んでシンセで鳴らす事に抵抗(というか恥ずかしさ)があったが、今回は開き直って奏法を工夫してみた。普通のピアノ演奏やオルガン演奏では絶対やらない指の使い方(ひとつのキーを指1本で左右交互に叩く、あるいは、人差し指と中指で交互に叩く)をして、ブラス特有のパンチ感を表現してみた。結果本物に敵わないまでも、たとえ”ニセ物”であっても同じ高揚感を与える事は可能かもしれないと感じた。手元にあるもので、どれだけの事ができるか。それもまた、今後も鍵盤を弾いていく事のひとつのテーマと言える。

また2ndキーボードの腹巻猫さんの役割分担が、前回以上に多くなった。そのためにほぼ全曲に渡り譜面を起こし、自分と2ndのパートを描き分ける作業が必要となった。このおかげで自分のパートもフレーズが明確になり(それまでは決めフレーズでも結構記憶で弾いていた)演奏に専念できそれはよかったのだが、反面決まった事しかできなくなってしまい自由度のようなものは失われたかもしれない。まあ、このバンドの場合整然とした演奏が求められる事が多いので大半はこの方法でアレンジし、たまにコードだけでフリーな演奏ができる部分もあればいいかな。

で、その譜面書きで苦戦したのは、やはり三沢郷作品。メロディはほとんど鍵盤3台(と4本の腕)でこなさなければならないため、いくつの音色を割り当て何を落とすかがポイントとなる。シンセにはスプリット機能(鍵盤を分割して、それぞれに複数の音色を割り当てる機能)があるので、複数音の割り当ては可能だが、オクターブを越える使用や右手と左手の距離(これが余りに開きすぎても演奏に支障をきたす)を考慮するとかなり制約がある。そのため通常2音、やっても最大3音の割り当てになる。また左右同時に複雑なフレーズを弾くのは自分の技量では無理なので、その辺も考慮に入れてアレンジするのが大変にむずかしかった。でも苦労した分、スタジオで音を出す時はかなりワクワク感があった。

また、リズム面においても今回はバラエティが多く(単純な8ビートは009ノ1くらい?)、ノリを体得する上で大変いい勉強になった。特にうちのリズム隊は超強力。彼らから見ればオレなどまだまだ全然甘いだろうけど、いつかタメを張れるようにこれからもがんばりますよ。

そんなわけで、ステージ上では早くも4thライブのお知らせがあったけど実はまだまだ全然白紙。1年後の同じ時期にやるにしても1月からスタジオ入るのは嫌なので(笑)、実質さらに短い準備期間で臨むことになる。でもまあ、それはそれでいいかな。やりたい事まだまだいっぱいあるし。

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G-session 3rd Live! (2007/12/06 新中野・live cafe 弁天 19:00~22:00)
<set list>
■第1部 三沢郷メモリアル

1. 流星人間ゾーン ~『流星人間ゾーン』(1973)より
2. 流星ビクトリー ~『流星ビクトリー』(1973)より
3. デビルマン ~『デビルマン』(1972)より

■第2部 幻の劇伴特集

1. レッドバロン 発進(仮) ~『スーパーロボット レッドバロン』(1974)より
2. コンドルのジョーのテーマ (仮)~『科学忍者隊ガッチャマン』(1972)より
3. メカンダーロボ 発進(仮) ~『合身戦隊メカンダーロボ』(1977)より
4. シルバー仮面ファイト(仮) ~『シルバー仮面』(1971)より
<快傑ライオン丸ミニ特集>
5. サブタイトル ~『快傑ライオン丸』(1972)より
6. 獅子丸のテーマ(仮) ~『快傑ライオン丸』(1972)より
7. タイガージョーのテーマ(仮) ~『快傑ライオン丸』(1972)より
8. ドクロ忍者のテーマ(仮) ~『快傑ライオン丸』(1972)より

■第3部 小林亜星特集

1. 009ノ1 OP ~『フラワーアクション009ノ1』(1969)より
2. アンジェにおまかせ ~『女王陛下のプティアンジェ』(1977)より
3. レッド・ブルー・イエロー ~『宇宙大帝ゴッドシグマ』(1980)より
4. 三匹が斬る! ED ~『三匹が斬る!』(1987)より
5. ブロッカー軍団マシーンブラスター ~『ブロッカー軍団IVマシーンブラスター』(1976)より
6. ファイヤーマンOP~ファイヤーマン ~『ファイヤーマン』(1973)より

アンコール

1. いたずらのうた ~『魔法使いサリー』(1966)より
2. 流星人間ゾーン
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